ホーム岡山畜産便り > 岡山畜産便り2000年4月号 > 「共済連便り」

「共済連便り」

勝英家畜診療所   
豊田 幸晴

 平成12年3月7日,1頭の牛を廃用とした。廃用病名は腰痿である。患畜は,平成6年12月13日生まれのホルスタイン雌牛。1月22日起立不安定であると連絡を受け往診する。体温は38.6゜皮温低下,分娩を開始しているのに,陣痛は全くといっていいほどない。低Ca血症による弱陣痛と起立不安定であると診断Ca剤を投与し経過を観察した。夕方再び往診,陣痛は弱いが胎児は助産可能な位置まできていたため,助産し分娩させた。翌日様子を見に行くと,起立は安定していたが,左前乳頭がチアノーゼをおこし水疱が観察された。

 私はこの病気を6年前初めて経験した。それは,初産牛で分娩困難ということで往診,無事に胎児を分娩させ,ほっとしてその牛をみていると右後乳頭がチアノーゼをおこしていた。触ってみると冷たく驚いた。その時私には2つの病気しか思いあたらなかった。一つは,壊疽性乳房炎,もう一つは,乳頭圧迫による循環障害であった。前者は致命的な病気であり時間の経過とともに急速に悪化していき,後者は時間の経過とともに改善されていくものであった。私の経験からは,前者の壊疽性乳房炎とは臨床所見が違うように思えたが,しかし乳頭圧迫でこのようになったことも,これまでなかった。翌日様子をみに行くと症状の変化はなく,乳頭もそのままの状態であった。この時,症状が急速に悪化する壊疽性乳房炎ではなく,循環障害による乳頭炎であると判断した。その後串畜は,食欲の不振と起立の難渋があり,その治療を行った。乳頭は自然に治っていくものと考えていた。ところが,乳頭は右前乳頭も同じようになり水疱から潰瘍,黒色痂皮となって硬くなり,当初は導入管などで搾乳できていたものが,搾乳できなくなった。約1カ月経過して右後乳頭は脱落した。牛自体は,食欲不振と起立嫌悪の状態がつづき,約1カ月半後に廃用処分となった。

 あれから6年,私はこの牛に出会った翌日和牛地帯へ転勤となり,そこで4年間をすごし,乳牛の診療から少し遠ざかっていたためこの病気に出合うことはなかった。
 1997年4月号の「家畜診療」にこの病気に関する2頭の研究論文が発表され,この病気がBovine herpesvirus type2が原因である牛潰瘍性乳頭炎と非常に類似した疾患であるということが確認された。
 昨年この地へ赴任し,乳牛の診療が主体となると,6年前初めて出会ったこの病気が,今では日常診療の中で散見され,珍しい病気ではなくなっていた。当初は初産牛にしか発生が見られなかったものが,今回のように経産牛にもみられるようになった。ゆるやかだが,確実に広がりを見せている。しかし,治療方法は,いまだに確立されておらず現場では,試行錯誤が続いている。この病気は乳頭に著しい病変をおこすだけでなく,全身的にも動作が緩慢になり,起立困難,食欲不振,後肢のフレグモーネなどを併発し,廃用となるケースが多い。廃用にならないまでも,罹患分房は,乳房炎となり盲乳状態になることも多く,経済的な打撃が大きい。大きな広がりをみせないうちに,治療法の確立が急がれる。