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ワクチンの話あれこれ

岡山県家畜畜産物衛生指導協会

 麻疹(はしか)に一度かかれば二度とかからないことは昔から経験的に知られております。私達もこの話を子供の頃親から聞かされ,わざわざ麻疹をもらうため快方にむいた友達のところへ行かされた経験を持っている方も多いことと思います。

1.ワクチンの歴史

 このように,[ワクチン(?)というものの考え方]は古い時代の中国,インド,中東など洋の東西を問わずありました。人為的な感染による場合,病原菌(ウイルス,毒素)の強弱,菌量の多少などにより,また,受ける側の状態によって常に一定の成果を得られるとはかぎりません。従って,ときには危険を伴うこともあり,予防方法として定着するまでには至りませんでした。
 ジェンナーが少年に種痘をした話は,天然痘の予防方法の発見(1796)として,さらに,パスツール,コッホ等の先覚的研究をはじめとして,多くの研究者の努力により今日のワクチンがあります。
 ワクチンのわが国への伝来は,1812年中川五郎治がロシアから牛痘接種術を持って帰国したことに始まります。彼は牛痘ワクチンを北海道一円に普及させました。
 また,江戸末期の1849年,イモニツケは痂皮の病苗を輸入し,急速に国内に広まりました。
 天然痘ワクチンは人類史上最初のものであります。その後幾多の改良が加えられており,わが国の橋爪博士らによる菌株は副作用が少なく優れたものとなっております。
 天然痘はWHOの努力により,1980年絶滅宣言がなされ,地球上からなくなりました。
 ちなみに,ワクチンと云う言葉の由来はジェンナーの牛痘から来ております。Vac はラテン語のVacca(牡牛)から出た語で,ジェンナーの論文の中にVariolac,Vaccine(牛痘の意味)の言葉があります。パスツールはジェンナーの功績を讃え,自分が開発した予防剤の一つに,狂犬病Vaccine と名づけました。
 その後,世界の微生物学者がこのような免疫剤のすべてをワクチン(Vaccine)と言うようになったようです。
 ジェンナー,パスツールによって開発されたワクチンは生ワクチンでしたが,アメリカのスミスは1800年,加熱殺菌した豚コレラ菌を前もって鳩に注射しておけば,その後,この鳩に致死量の数倍もの豚コレラ生菌を注射しても鳩は死なないことを発見しました。
 感染力の全く失われた死菌でもワクチンの役目を果たすことが発見され,ここに不活化ワクチンが誕生しました。
 このようにして,より安全なワクチンが作られるようになりました。

◎ この不活化ワクチンは免疫が必ずしも完全ではないこと。
◎ 免疫の獲得に個体差があること。
◎ 感染菌量が多い時は予防効果が低下すること。

 等から工夫,改良が重ねられましたが,抗生物質の発見などもあり,病気によってはあまり用いられないものもありました。
 19世紀末,ベーリングおよび北里は,破傷風あるいはジフテリヤの毒素で免疫された動物の血液のなかに,毒素を中和して無毒化する抗毒素を発見し,いわゆる血清療法への道を開きました。
 小学校へ入学するとツベルクリン検査があり,陰性の子供はBCG接種を受け,腕に膿腫が出来て長い間痛かったことが思い出されますが,BCGは,カルメットとゲランによりうし型結核菌を1908年から13年間,230代の長期間にわたり継代培養して弱毒化した菌株であり,結核の感染,発病に安全で強い防御力を発揮しております。
 このようにワクチンの開発,改良には長期間に渡る忍耐強い研究がなされてきています。
 今日では,進歩した免疫学を駆使し,発病阻止に有効な菌成分をみきわめ,副作用の少ないワクチンの研究開発が期待されています。
 余談ですが,免疫検査の一つの方法として,赤血球凝集阻止反応(HIテスト)をおこないます。これは1941年ハーストがインフルエンザワクチンの研究中に,インフルエンザウイルスを発育鶏卵に接種していた時,誤って血管を破り漏出したとき,インフルエンザウイルスがニワトリ血球を凝集することを発見したことに始まります。この発見を切掛けとしてウイルスの定量ができるようになりました。
 インフルエンザワクチンは1972年からウイルスの一部(ヘモアグルチニン…HA)からなるコンポーネントワクチンが造られるようになりました。このワクチンは畜産分野においては豚AR,鶏ND等のワクチンで実用化されています。
 ワクチンの免疫原性を高める方法として,最近ではアジュバンドが使用されています。
 アジュバンドとは,それ自身は抗原としての働きはありません。これを加えることにより免疫原性を強める働きをする物質(免疫増強物質)の総称です。アジュバンドには,水酸化アルミニウム,鉱物油のような無機物が用いられます。この無機物は半流動体でゲルを形成し,抗原を吸着させて不溶化することにより,マクロファージ等に対する親和性を高めます。そして接種部位から抗原をゆっくり遊離させて免疫を長期間持続させます。
 しかしながらアジュバンドは,IgEの産生を促進し,生体をアレルギー状態にするおそれがあります。その後の研究では生体は注入アジュバンドにより,細胞壁のペプチドグリカンがアジュバンド活性をもつ構造になることが確認されております。さらに,アジュバンドはN−アセチルムラミルジペプチド(MDP)と云う化合物にも存在することが明らかにされております。このMDPの誘導体は,有効性,安全性等副作用が少なく,効力の大きいアジュバンドとして開発が進められています。

2.今後のワクチン開発

 家畜疾病の遺伝子解析は,多くの遺伝子が関与していることから容易ではありませんが,鶏のニューカッスル病,マレック病はウイルスの病原性との関連についてある程度研究が進んでおります。
 最近のワクチン開発は技術面で目覚ましく進歩しており,遺伝子操作によるワクチン開発が進められています。ウイルスの免疫に関係する情報(ゲノム)を細菌又は酵母に組込んで(糖)蛋白質を産生させ,それを精製してワクチンとする開発が進められておるようです。
 この利点としては,

◎ 従来の技術では培養不可能な病原体のワクチン生産も可能となり,原虫による疾病に有効と思われます。
◎ 危険度の高い病原体のワクチン生産に最適と思われます。
◎ ワクチン生産に要する経費,時間等の節約などがあります。

 また,問題点としては,

● 感染防御に関係する遺伝子のクローンをつくることが困難であること。
● 流行株の抗原性がたえず変わる場合,遺伝子特定が困難であること。
● 菌体内で生産された抗原蛋白質を純粋な形で取出し,精製することが困難であること等があります。

 これらの遺伝子操作により生産される抗原蛋白質は可溶性のことが多く,その場合一般に免疫原性が弱いので,これを高めるためにはアジュバンドの開発が前提となります。
 遺伝子操作技術という[魔法の杖]によるワクチンの開発は有力な手段ではありますが,実用化には,まだ克服すべき多くの問題点があります。

3.生ワクチンと不活化ワクチン

 ワクチンはジェンナーの種痘に始まりましたが,この時は生ワクチンでした。その後,スミスによる死菌ワクチン,破傷風のように毒素そのものが危険なものはホルマリンで不活化したトキソイドワクチン,ウイルス粒子の免疫原性の一部分を細菌または酵母に組込んで作ったサブユニットワクチン等が開発されており,いずれもワクチンとして効果が認められております。
 今日まで,いろいろなタイプのワクチンが開発されていますが,何故,生ワクチンと不活化ワクチン(主としてウイルスを対象)の免疫力に差があるのでしょう。
 生ワクチンはウイルスが体内で増殖し,抗原量も増えますが,唯,単に抗原量の差だけでは効力の強弱が説明できるほど簡単ではありません。ワクチンの効力には免疫機序が大きく関与しており,従来の増殖能のない蛋白抗原を対象とした免疫学では解明出来ない点も多いようです。

◎ 免疫が成立するには抗原が免疫担当細胞(主としてマクロファージ)に取込まれることから始まります。生ワクチンではレセプターがあれば取込まれますが,不活化ワクチン及びサブユニットワクチンでは取込まれる効率が低くなっております。
◎ 感染初期の段階では,抗体は血中や体液中のウイルスを中和無毒化できますが,感染細胞のウイルスは排除できません。細胞を排除するのは主としてキラーT(TK)細胞の役目です。

 TK細胞は常に同系の抗原提示細胞上にある異物(ウイルス抗原)を組織適合抗原のクラスT抗原によって認識します。クラスT抗原はどの細胞にも発現しており,ウイルス抗原が細胞膜上にあれば,クラスT抗原とともにTK細胞は認識します。抗原を認識したTK細胞はインターロイキン2により増殖し,ウイルス抗原の存在する細胞を攻撃します。攻撃の対象となるウイルス抗原には,ウイルス粒子構成要素以外の蛋白質もあります。すなわち,感染初期の生成蛋白質が標的蛋白質になることがあります。
 このことは感染細胞内でウイルス粒子がつくられる以前に細胞が排除されることにもなり,生体防御の面では合理的なことです。
 生ワクチンでは,このようなメカニズムでTK細胞が生成されますが,不活化ワクチン及び,サブユニットワクチンでは,マクロファージ以外の細胞ではウイルスの取込みがほとんど起こらないので,細胞生成の面では劣ることになります。
 免疫には,ウイルス感染により気道や腸管等に局所免疫が成立し感染防御に大きな役割をはたすものがあります。
 IgAは免疫リンパ球であるプラズマ細胞が係わっており,この細胞は気道や腸管の固有層に多く存在します。侵入したウイルスは局所のリンパ節に入り,そこで免疫リンパ球が誘導されます。生成した免疫グロブリンは,粘膜上皮細胞を通過するとき細胞の分泌する分泌片(分子量6〜7万のペプチド)が巻き付けられ,分泌型IgAとなって出てきます。この分泌片の巻き付いたIgAは,蛋白質分解酵素に分解されにくく,侵入してきたウイルスに結合してこれを不活化し,第一線の防御が出来ます。不活化ワクチンの皮下注射により血中抗体はできますが,局所IgA抗体は出来ないため,感染防御能は劣ります。
 一般的に生ワクチンのほうが長続きすることが知られています。即ち,生ワクチンでは免疫記憶細胞の働きが強化されております。この細胞は途中で分化を中止したリンパ球であり,記憶細胞として数年間維持されます。ウイルスが再感染した場合には,速く抗体や感作リンパ球をつくり発病を阻止します。
 免疫記憶細胞の寿命は永久ではありませんが,表面的には終生免疫のように思われています。
 一方,不活化ワクチンの免疫原性を高める研究も進められています。抗原を免疫担当細胞に取込まれやすくするため,抗原を粒子状にします。

 その方法として,
(1) 抗原をリポゾーム(脂質人工膜)で包込むようにする。
(2) 抗原を分子量の大きい蛋白質と結合させる。
(3) 適当なアジュバンドを併用する。
 等の方法が研究されています。

 日常安易に使っているワクチンについていろいろ思いつくままに記してみました。
 ウイルス性疾病では直接ウイルスに作用する薬品(化学薬,漢方薬)がないので,安価で有効な安全性に優れたワクチンの開発が望まれます。     

 (文責 矢部寛明)