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〔随想〕

知的好奇心を刺激した42.195q

長 江 勘次郎

 これはいわずも知れたオリンピック陸上競技の華,マラソンの走行距離です。ご承知のように昨年のシドニー五輪で日本の高橋尚子選手が,日本人で初めて金メダルを獲得した種目です。同選手がゴールに入ったとき,とても42.195キロ走ったようには見受けない普通の顔をし,可愛い笑顔が印象的でした。普通であることが長所に映る人柄というか。高橋選手は,国民栄誉賞を初め,数々の賞を受けた2000年に最も輝いた中の1人でした。
 わたくしが印象を強くしたのは,当時の山陽新聞朝刊10月9日一頁全部を使った尚子さんのウインドブレーカー姿の大きな写真と所属の化学会社と岡山のホーム会社の広告の記事でした。
 「夢に向って
  42.195キロ駆け抜けたあなたを
           誇りに思います」
でありました。大きな活字の中に42.195キロ,この距離はどこから生れたのか,知っておきたい数字。わたくしに知的好奇心を揺ぶったのでした。わたしのいろいろな辞書で調べたが,この数字はどこもありませんでした。思い余って,市教育委員会スポーツ振興課に問い合わせました。
 10月10日10時03分岡山市教育委員会総務課資料がスポーツ振興課からFaxで届きました。流石教育委員会だ。小一時間調べて分らなかった疑問が忽ちに氷解しました。この齢ではずかしながら初めて知ったのでした。教育委員会に率直に心から有難とうと申し上げたい。受け取った資料から要点を書いてみたい。

マラソンの距離42.195キロの端数の秘密
1.マラソンと言えばこの端数が有名。中途半端すぎる距離

2.古代ギリシャのマラトンの戦いの故事,戦場のマラトンの丘から伝令フェイディピデスが戦の勝利を伝えるため,アテナイの城門まで走り続け,勝捷を伝え終ると力つき絶命した。
  その美談を称えて競技に取り入れられた。

3.42.195キロ,フェイディピデスの走った距離であると一般に信じられている。

4.実はそうでない。1920年(大正9年)の第7回五輪までは,距離40キロあればよく,一定しなかったという。

5.正式に定められたのは,1924年(大正13年)第8回のロンドン五輪から。
  1908年(明治41年)ロンドン五輪のコースでウインザー宮殿から,シェファードブッシュ競技場のゴールまでの距離が42.195キロだったのです。

6.0.195キロの端数の由来は,普通なら整数だが,さすがイギリス,ロンドンのときアレキサンドラ女王の席の真正面にゴールをずらした。その結果だといわれている。

 ことほど左様に,噺のようですが,本当なのでしょう。
 最後に一言,衒学者的趣味ではないことを敢えて記して筆を置きます。