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〔共済連便り〕

家畜診療日誌

勝英家畜診療所 杉 山   定

 臨床獣医師なら誰しも記憶に残る難産介助があると思います。例えば子宮捻転などは過去教えてもらったのがパイプを使った胎児回転法もしくは母体回転法がありました。しかし今では,経験を重ね試行錯誤して考えられたのが(私ではありません。)胎児を押しながら回転させる方法であり,とにかく腕が産道へ入り胎児に触ることができれば数分で整復できる様になりました。このことも知らなければ従来通りの方法で人手を集め時間と手間をかけて苦労することになるでしょう。ここで,知っていて良かった,覚えていて良かった難産介助を紹介してみたいと思います。
 ○月○日,日直当番にて勤務午前10時頃だったと思う。農家より難産の往診の依頼,稟告は,「早朝より陣痛はあるが胎児が出てこず手を入れると尾だけ触れるとのことであった。」判断するにエビ子いわゆる尾位上胎向両後肢失位である。介助を試るもすでに破水しており胎子と子宮には余裕はなくおまけに双子,奧側の胎子の前肢が前側の胎子の股間より触れる数分の努力の結果帝王切開を考える。その準備中に天の声「多量の粘滑剤(101〜151)を忘れていないか。」子宮に粘滑剤を入れ整復を試るにわりと簡単に整復でき介助娩出させることができた。結果2胎子は死亡,母牛産褥熱,産道損傷にて数日加療したのを覚えている。
 ○月○日,夜間当番,午後11時を過ぎていたと思う。稟告は,「前から出ていたけど途中で逆子になった。」とのことで判断するに産道に頭がのってこず肢のみ引っぱったため頸部が失位になり頭位上胎向頸部失位である。農家に到着,整復を試みるもかなりひどい頸部の失位である。破水もしており胎子も死んでいるようで動かない。胎子と子宮に余裕がなく15分から20分ほど頑張ったと思うが胎子の耳にも触れないし手の腕も痺れ感覚が失われて来た。一人ではあるし,自分としては15分程度整復を試みて駄目な場合帝王切開と決めているので手術へと方法を換えた。準備しているとき,昔誰かが教えてくれたのを思い出した。それは,「腹臥状態の母牛は腹圧が高く腹部に余裕がないが横臥状態にすれば少しは余裕が出来るものだ。」ということである。
 さっそく母牛を横臥させ粘滑剤を入れ試みるに何とか胎子の耳に触れることが可能になり整復し介助娩出することが出来た。
 ○月○日,平日の診療中に農家へ往診に行き,ふと分娩室を見ると初産牛が通常の動作でお産の徴候を示している。畜主は不在でもあるし他の診療を済ませ再度往診するに羊膜の中に足が見える。蹄底が上を向いている逆子もしくは腹位下胎向?触診するに逆子,尾位上胎向であった。まだ産道の開きが不十分なので初産牛でもあるし時間をとり畜主の帰りを待つことにした。畜主が帰宅し人出が揃ったし陣痛,産道の開き具合も良いので介助分娩させることにした。陣痛に合せて引くと胎子の臀部が出るまでは順調であったが,そこからいくら引いてもビクとも動かない。
 この年はアカバネ病の大流行した年で,前肢に異常があり奇形児に間違いないと思い産道からの娩出は困難と考え帝王切開を試みた。この時は天の声もなく記憶も蘇る事がなかった。生れた子牛を見ると前肢には全く異常はなく元気なオス子牛であった。結局,自分が最初から分娩に遭遇し破水も自分でさせたという思いが手段を鈍らせたものと考える。結果,子牛は娩出時に後肢損傷にて……。我々の仕事は,難産を一つ取上げて見ても多種多様で母牛,胎児,牛舎環境によってそれぞれ異った症状を示して来ます。それに対して診断し的確な処置を行なわなければなりません。そのためには,多くの経験と他の人からの情報が必要となってきます。今までのご指導に感謝しつつこれからもいろいろと皆様より会得していきたいと考えます。