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〔共済連便り〕

家畜診療日誌

岡山南部家畜診療所 村 田 一 人

 岡山南部家畜診療所では,1年365日24時間体制で診療業務を行なっています。夜の待機時間は,緊張の中にもソファーに横たわってテレビを見る人,二階でビデオを見る人(搾乳技術かな?),パソコンをする人(繁殖プログラムかな?),専門書を読む人(○○雑誌?),洗濯をする人,6人もいれば人それぞれにすることが違います。
 ○月○日,今夜はプロ野球のナイターでジャイアンツが宿敵に大勝した気分のよい夜番でした。私は大のジャイアンツファンで,勝てばテレビの全てのスポーツニュースを見て気分をよくして風呂に入り,仮眠に入ります。しかし今夜はそうではありませんでした…。風呂に入ろうと留守番電話をセットしようとしたその瞬間、1本の電話が鳴りました。時計を見ると午前1時15分でした。「もしもし、こんばんは,Aですけど…。逆子の様なので引っ張ったんですけど,子牛が大きくて出ないんです。よろしくお願いします。」との事でした。私はこの時ひょっとしたら,一人で帝王切開をしなくてはならないのでは,という不安が頭をよぎりました。というのはこの牧場は最近,難産,子宮捻転で帝王切開が続いた所なのです。そして様々な結末を考えながら手術器具,大量の生食,リンゲル等を積み込んで往診に出かけました。牛舎に着いてみると畜主は困惑と疲労を呈しており,患畜の陰部より覗く子牛の肢にはロープが巻かれ,5m程先の柱には滑車が取り付けられており,しっかりと綱引きをした様な跡が見受けられました。その光景を見て心の中で「もし逆子でなく,頭が後方に逃げているものであったならば,自分で難産を作った様なもので,大変な事になっているなあ…」と思いつつ,服を脱ぎ手術着に着替えて,産道内に手を挿入してみると肢は確かに2本あり蹄底も上を向いていますが,尾が触りません。この時,術者は前肢か後肢かと言う判断をしなくてはなりません。前肢なら丸い形の前膝を,後肢なら三角形の飛節ということです。そして私は肢の状況から側頭位下胎向と診断しました。頭,頚部を探しましたが手の短い私には触わる事ができず,また胎児の胎勢を想像することもできませんでした。瞬時に今までの長い経験から想像のつかないほどの胎児の失位では,処置に長時間を要した場合一人の術者では体力消耗が懸念され,適切な処置が施せない場合があると考えました。無駄な努力で胎児を救うことができなかったら後悔するため,直ちに帝王切開に切り換えました。(ここで獣医師は想像力豊かで迅速な行動を求められます。胎児の大きさ,生存性,胎位,胎向および胎勢である。)一人で帝王切開手術を行ない,術後の補液,手術器具の水洗い等を行なったため約2時間位要してすべての処置を終えました。やっと処置を終えたという安堵感の他に腰痛と睡魔が襲ってきました。その時Aさんから「帝王切開で初めて子牛が生きとった。」と聞いた時には思わず顔もゆるみ,大事を成し遂げたと言う満足感と,今日一日また頑張るぞと言う気持ちにかりたてられました。
 乳牛は種が付きお産をさせてこそ,副産物である元気な子牛と沢山の乳を出荷することで儲けさせてくれるのです。そのためにも助産は十分気を付け慎重に行ないたいものです。管理者は分娩予定日の確認,食欲や乳房炎等の健康状態に関しても気を配らなければなりません。多頭飼育の傾向にある現代の状況では個体管理を行なうことは管理者にとって大変なこととは思われますが,一頭一頭の牛を大切にすることが延いては多くの牛群の能力を向上させることが出きるのではないでしょうか。