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昨秋,黄金色に輝く稲穂のなかに,ところどころ背丈の高い穂が目に付いた。専門家に聞くと,「先祖帰りだ。育種元の親品種の形質が現れている。最近は時々あるよ。」と教えてくれた。有機農業,エコ農業,最近の農業はまさに「先祖帰り」がキーワードになっている。
畜産の「先祖帰り」,それは,役牛ではなかろうか。田を耕し,あぜ草を食み,フンを土に返す。生まれる子牛も農家の大きな収入源となっていた。まさに循環型農業の典型であった。
この役牛の理念をニワトリで実践している事例がある。
日生諸島の1つ,鹿久居島。“しまコッコ”はここで活躍している役鶏の愛称だ。
飼育しているのは,JAS認証の有機栽培ミカンに取り組んでいる2戸の農家。ともに島特有の小岩がゴロゴロする急な斜面でミカンを栽培している。飼育羽数は100羽/戸。
有機栽培ミカンの場合,年間の除草時間は32時間/10a。平均80aの圃場を管理するミカン農家には大変な作業である。“しまコッコ”はこのミカン園に放し飼いにされ,除草作業を手伝っている。1a当たり10羽も飼うと雑草はたちまち無くなってしまう。そのため,園地を数ブロックに分け,100羽を輪転放飼し,裸地化を防止している。
“しまコッコ”の活躍は除草だけにとどまらない。カミキリムシはミカン樹に穴を空ける害虫だが,“しまコッコ”にかかるとひとたまりもない。また,フンの利用も大きなメリットだ。しかし,最大の効果は“癒し”である。ミカン園での管理作業は孤独で単純作業の連続だが,“しまコッコ”は常に作業者の脇で靴ひもなどをつついて励ますのである。ある農家が「農業は孤独とストレスとの戦いだ。」と言っていたが,ここには素敵な“癒し”がある。
”しまコッコ”の放飼風景 | 除草効果比較(手前がニワトリ放飼区) |
“しまコッコ”は養鶏場から処分されるはずだった,いわゆる廃鶏である。しかし,島に来ると約2ヶ月で“しまコッコ”に変身する。初めの2週間は歩行訓練。その後,ケンカが始まりボスが決まり,1ヶ月もすると飛べるようになる。砂浴びを始め,夜は高い木で寝る。長かった爪が短く鋭くなり,羽がきれいに生え揃うと“しまコッコ”が誕生する。
その美しさは,一見の価値有りだ。
”しまコッコ”誕生 |
“しまコッコ”は採卵鶏である。産卵率は40%程度。しかし,日量40個,2戸で80個の卵を毎日産むのである。しかも,採算度外視の放し飼い自然卵だ。そこで,このたまごを“みかんたまご”と命名し販売を始めた。1個30円,決して安くないが,平飼い養鶏農家に言わせると,1個100円の価値があるとか・・・。1羽/80uの飼育密度は,自然養鶏農家には垂涎のたまごといえる。人気は上々である。が,儲けはほとんど無い。エサ代分さえ取れれば除草の労働軽減が儲けである。
みかんたまご |
“しまコッコ”の農家への“癒し”効果は先に紹介したが,もう一つ,消費者への効果がある。観光みかん狩りはミカン農家の大きな収入源だが,この集客に“しまコッコ”が一役買っている。はじめはフンを踏んでしまうため嫌われるのではと心配したが,実際には,入園者に寄り添うカワイイ“しまコッコ”に,みんな心を奪われ,癒されて帰るのである。もちろんそのお客さんは来年の来園も約束するのである。
“しまコッコ”の取り組みは,地元小学校の教材や観光ポイントなど,ミカン栽培以外に予想外の広がりを見せた。これはなぜだろう。一石何鳥にもなったミカン経営上のメリットだけだろうか。
こんな話がある。休耕田を利用したドジョウの養殖で地域の活性化を図っている町のリーダーが,「ドジョウが決め手だ。植物ではダメだった。ドジョウの管理を地元の老人に頼むと,今まで家にこもりがちだった老人が,1日に何度も田んぼに足を運ぶ。これが植物だとせいぜい1日1度だ。田んぼに人が集まると,また野菜でも作ろうかという話が自然と出てくるんだ。生き物の目は人を動かす。」と言っていた。やはり生き物には目に見えないパワーがあるようだ。
近年,休耕田や林野での利用など役畜にスポットライトが当たりつつあるが,農家にとっては毎日の飼育管理による周年拘束性等,家畜を飼うには飛び越せない大きな壁がある。しかし,壁の向こうには“しまコッコ”に証明された“癒し”効果のような,目に見えない大きな宝箱があるのかもしれない。