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〔共済連便り〕

家畜診療日誌

岡山西部家畜診療所 所長 石田 博孝

家畜診療所春夏秋冬…夏の妄想

 梅雨が過ぎて夏が訪れると家畜診療所は一気に一年の最大の難所を迎えることになる。
ご承知のように乳牛の暑さに弱いのは天下一で,今年のように人間(=獣医師)も弱るような暑い夏ともなればそのプレッシャーたるや想像をはるかに越えるものである。
 毎年暦が8月に入るころには診療担当獣医師は日参しなければならない病牛を2,3頭は抱えている。暑さのストレスのために体力消耗激しく治療が思うにまかせないのだ。暑熱という条件の中,原因は様々である。分娩,関節炎,蹄病,ケトーシス,食欲減退等ストレスは増幅されて熱射病となる。この時期に分娩でもしようものならその危険度は計り知れない。獣医師が少しでも油断するようだとすぐに回復不能に陥ってしまう。診療車に山ほどの治療薬を積み込んで出発する先生方に密かに願う。「しんどいけど頑張ってくれ。」と。私は冷房の効いた涼しい事務所にいるのだが…。5時前になるとぼつぼつと診療をすませて帰ってくる。
 心なしか肩で息をしながら大汗かいて,足取りが重い。身体も疲れているが中々よくならない病牛のことを考えているに違いない。
心も重いのだろう。この季節は人も家畜もストレスがかかる。
 もっとも暑熱対策も完璧とはいえないまでも結構努力はしている。扇風機,大型換気扇,細霧噴射,寒冷紗,等々それぞれ自分の牛舎にあったやり方で工夫している。決してあきらめて手をこまねいているのではない。がしかしデアル。自然の力というものは強大である。どうして乳牛はこうも暑さに弱いのか。それは背負っているストレスが重過ぎるからではないか。乳牛達が自由に草を食んでいた頃子育てのために乳を出していた。泌乳能力のある者は人間に選ばれ続け年間10,000sに近い牛乳を出しているのである。その結果乳牛は空腹から解放されたが毎日腹いっぱい食べ続けなければならなくなったのである。能力の高い者ほどたくさん食べ続けなければならない。この休みのない「食べる」という労働によって乳牛達は疲れているのでは。
 このような状況は私達現代人の状況によく似てるではないか。疲労回復,ストレス解消…健康食品,健康器具のキャッチコピーは世の中を飛び回っている。我々は慢性的に疲れているのである。産業革命以来自然に挑戦し効率,利便性,快適な生活を追及し実現してきた現代は逆に大きなストレス社会を生み出した。我々は何故に疲れるのか。快適な生活への代償は大きくこの精密なシステム維持のため一構成単位として組み込まれた。離脱は許されない。そして自分のために動く。これが種々のストレスを生むのでは…
 昔,喜劇王チャールズ・チャップリンは SOME MONEY が良いといった。またアメリカの古き良き時代が戻らないならば踵をかえして現実を生きよう疲れないように。
 乳牛たちもまた自らの能力に応じて毎日食べつづけなければならないだろう。夏であろうと秋であろうと冬であろうと。われわれ獣医師は閾値の狭い環境で生きる乳牛たちの健康をまもる責任がある。
 8月まもなく過ぎたころ「先生 昨夜分娩した牛の息がはやくて起立できない云々…」朝一番の電話。新たなるストレス。しかしこのようにして毎年夏をしのいでいるのである。