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〔蒜山だより〕

「酪大生青春メッセージ」
〜酪農家に生まれた息子から父へ〜

(財)中国四国酪農大学校 1年生 成瀬 浩時 

 今年,22歳になった私は酪農家に生まれながらこの22年間,酪農にかかわったことなどほとんどなく,普通に大学まで行かせてもらいました。しかし,去年の冬,普段なら鳴らない父からの電話が鳴りました。その電話から自分の人生の大きなページが開かれた気がします。大学時代,私は普通の学生のように友達と遊び,普通に生活していました。冬には山に行き,スノーボードをして将来はインストラクターで生活しながら,趣味を仕事にしてやっていき,普通の家庭を作るのが私の夢でした。
 しかし,その電話でそのすべてが私の手の平から飛んでしまいました。父は一人でおよそ40年前に酪農を始め,その時は近所の方から数頭を譲り受けただけのものでした。その数頭から今は200頭にまで増やしました。私にとっては,口に出すことは絶対にないが,大好きな父です。もう70歳に近い父から自分に酪農をしてほしいと言われた時にははっきり言って嫌でした。理由は簡単です。22年間で牛に触れることなど数えるぐらいしかない自分に出来るはずがない,と。
 でも将来のこと,父や母のこと,もう二人とも年なので苦労をかけるわけにはいかない,それに自分は長男,といろんなことが電話の間に頭の中を走りました。
 今思うと,本当は父と母は私を酪農家にしたくはなかったと思います。それは酪農の厳しさを知っているからだと思うし,私に自分の好きな仕事についてもらいたいと考えていたとも思います。それは後に酪大に来てから母の口からも聞きました。私の22年間は好き勝手していました。自分でも親に甘やかされていることを知りながら,その甘えにのっていました。
 私と父が会話をすることは滅多にありませんが,父は私をしっかり見ていてくれていたんだと思うと,父への返事は「別にいいよ」と言っていました。その時はなぜか気持ちの中ではすっきりした気分でした。
 それから今,学校に来てみて年齢では一番上ではあるが周りは高校の時にしっかり勉強してきた人ばかりで,私は一からのスタートです。勉強は新鮮なことばかりで頭に柔らかく吸収でき,自分でも驚いています。
 父からの電話をもらって1年,あの一本の電話から私の人生は大きく大きく変化しました。あの電話がなければ,もしかしたら自分の夢を叶えることが出来たかもしれないが,失敗したかもしれない。そう思うと今はこうしている自分は幸せなのかもしれない。だから今は酪農が私の夢。