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〔シリーズ〕堆肥利用の耕種農家を訪ねて(4)

勝田郡勝央町 山下敏一さん
昔は丹波,今は作州
黒大豆は堆肥で大粒・高収量!

社団法人岡山県畜産会 大村 昌治郎

写真1 山下敏一さん

 新年あけましておめでとうございます。正月と言えばおせち料理ですが,必ず忘れてはならないものが「黒豆」です。「まめ(丈夫の意味)に暮らせるように」との願いが込められている黒豆は,黒大豆をふっくらと柔らかく煮豆にしたものですが,豆の皮がピンと張った状態で煮込むのはたいへんですよね。
今では,その黒大豆の栽培面積は,岡山県が全国で一番作付面積が大きく,約1,870ha(平成12年)にもおよぶそうです。岡山県でも勝英地域で生産された黒大豆は「作州黒」という銘柄で販売展開しています。
 今回の「堆肥を利用した耕種農家を訪ねて」は堆肥による土づくりで「作州黒」を生産されている勝田郡勝央町の山下敏一さんを訪ねました。話をうかがいに行ったところ,山下さんは,「わしは口が悪いけえの。」と言われつつも,笑いながら親切に,良い品質の黒大豆を栽培するのに,いかに堆肥が重要なのか語ってくれました。山下さんは,昭和5年生まれの72歳,勝英農業協同組合勝央主幹支店の黒大豆部会長をされています。
 勝英地域では,作付面積が広いだけではなく,そこで生産される黒大豆の品質もすばらしく,今回,紹介させてもらう山下敏一さんは,平成11年度全国豆類経営改善共励会で,日本農業新聞賞を受賞しています。この他に,勝英地域だけで平成2年以降に合計5名の方々が受賞されています。
 まず,勝英地域の黒大豆の歴史をさかのぼると,始まりは「自家用煮豆」として昭和40年頃から農家の経営の補完的要素から在来種の品種で栽培されました。昭和45年からの米の生産調整の実施により,昼夜の温度差が大きいという丹波・篠山地方の自然環境に,勝英地域が似ていることや,黒大豆の需要が伸びていることから,丹波黒という品種が導入され栽培が開始されました。
 平成7年の水稲の転作にかかわる生産調整の再強化に伴って,黒大豆の栽培面積も徐々に増加し,平成8年から勝英地域で生産された大粒黒大豆を「作州黒」と名付け,差別化,ブランド化を図り,現在では名実ともに県下屈指の産地に成長しました。

写真2 10年以上連作している黒大豆畑の様子

1 栽培作目と面積

 山下さんは,黒大豆と水稲を栽培しています。黒大豆の作付面積は60aで,水稲の作付面積は40aです。黒大豆の品種は丹波黒を作付けしています。
 黒大豆の栽培について順を追ってみると,まずは土づくりです。大粒の黒大豆を作るには栽培圃場の土づくりが基本かつ重要になります。土づくりのポイントは,堆肥投入,土壌のpH調整,通気性の向上,排水対策です。山下さんは,例年1月に堆肥を施用し鋤き込むことにしています。堆肥散布はアグリスポット岡山(勝田郡勝央町)が行ってくれます。5月には,化学肥料を10aあたり10s,なたね粕を10aあたり2〜3俵を施用します。堆肥を入れてから3〜4回は畑を引くそうです。
 土づくりの後には,播種・移植を行いますが,より高品質な黒豆生産と安定多収のためには,苗を作って,移植栽培とします。山下さんは,例年6月15日以降に,トレーに播種をし,6月下旬から7月上旬に苗の移植を行います。
 黒豆は8月中旬に花が咲き,10月初めには枝豆の状態になります。その後はゆっくりと成熟が進み,収穫できるのは秋も深まり,霜が降り始める11月下旬から12月上旬になります。このころになると花葉は黄色になり自然に落ち始めます。収穫時期は,さやが褐色になって,カラカラと音がし始める頃になります。
 山下さんは,12月はじめから収穫作業を行いますが,黒大豆の収穫は手間と時間が多くかかるそうです。普通の大豆では機械利用が可能ですが,黒大豆の場合は,機械収穫では品質を損ねるため,機械収穫できません。そのため,刈り払い機,鎌等で切ったり,手で抜くなど手作業になります。葉もぎに1週間,根を切り離すのに1週間,はでかけで乾燥するのに1週間といった要領で,作業していきます。
 黒大豆の収穫にはゆっくりとした作業が必要になります。そうしないと,黒大豆が急激に乾燥して,豆が縮み,しわができて,商品価値が下がることになります。そうならないようにゆっくりと収穫作業をしていきます。そうして,黒大豆をさやの中で理想の水分である16〜17%へもっていきます。
 このように十分乾燥させた黒大豆を,さやの中から大豆を取り出す「脱粒」作業を行います。脱粒作業は昔は棒でたたいたり,足踏み脱穀機で行っていたそうですが,今はほとんどスレッシャーという脱粒機を利用しています。
 脱粒した黒大豆の中にある,商品価値の低いものを除去し,大きさ別の規格に分けるため,最後には人の目と手で選別を加えて,最高の黒大豆にしていきます。
 近年,黒大豆として販売するだけでなく,枝豆としても販売しています。枝豆としては10月3日〜20日くらいの期間に収穫したものを販売しています。
 黒大豆の規格は,良いものを上から3L,2L,L,M,Sという順になります。3Lの大粒の豆がもっとも優秀ということになります。山下さんが平成13年に生産した黒大豆の規格は,3Lが2割,2LとLで8割だったそうです。山下さんの黒大豆の収穫量は10aあたり244s(平成11年),大粒率が62%と地区平均に比べて優秀な成績で栽培されています。
 このように,山下さんの栽培する黒大豆は,粒が大きくて,収穫量も多いのには理由があります。その理由は,必ず,堆肥を10aあたり2t施用するからだそうです。見せていただいた畑は10年以上,黒大豆を連作しているそうですが,連作障害がでたことは一度もなく,写真のとおり黒大豆はしっかりと葉が広がり,さやの付きも鈴なりでした。それでも,平成14年の夏は暑く,雨も降らなかったため,例年より収量は少なくなるそうです。

表1 栽培作目および施用について

写真3 さやが鈴なりの黒大豆

2 堆肥の施用状況

 堆肥を施用するのは,年に1回で,収穫が終わった翌年1月になります。1月にアグリスポット岡山が堆肥散布を行い,堆肥を鋤き込むことにしています。
 「良い黒大豆をつくろうと思えば,堆肥が必要。化学肥料だけでは大きくならない。」と山下さんは言われます。今では,町内の農家も黒大豆の栽培に堆肥が必要だという認識になっており,栽培カレンダーの中にも,堆肥を投入することが書かれているそうです。
 「堆肥の中には微量要素がある。微量要素を含んだ堆肥をふることで,バランスのとれた肥料設計ができる。堆肥をしっかり入れて,苗を植えたら,その後は勝手に豆につくらせりゃいい。反収200sの黒大豆をつくれる土づくりをしておけば,ほっておいても200sできる。それを,堆肥も入れずに,他の農家が良いからといって,あわてて農協へ行って袋に入った肥料を買ってふったりするから良くない。豆には根粒菌がある。豆が窒素を蓄えておいて,必要なときに,豆が自分でコントロールしている。」このように,土づくりに,堆肥が重要な役割をはたしていると山下さんは強調されます。
 「堆肥を入れるのは簡単なことで,散布もアグリスポット岡山がしてくれる。何事においてもベースである土づくりが大切。堆肥をしっかり入れて土づくりをすると,連作障害も防ぐことができるし,できた豆はおいしい。堆肥をいれて土づくりがしっかりできれば,少々のことなら,豆が自分で押し切っていく。」と言われます。植え付け後に,灌水も,追肥もしない栽培方法のため,何度も何度も,土づくりをしっかりすることを山下さんは力説されていました。

写真4 堆肥をしっかり投入した畑の様子

3 現在,利用している堆肥について

 山下さんは10年前までは,牛を飼っておられて,その堆肥を利用されていました。その後,勝央町に堆肥センターができたので,その堆肥を利用しているそうです。
 山下さんが利用している堆肥は,アグリスポット岡山の堆肥「アグリスポットバイオ堆肥」です。これは,牛ふんとモミガラの混合堆肥で,3〜4ヶ月かけて堆肥化したものです。
 モミガラが副資材の堆肥で,時にはモミガラが多いときもあるそうですが,よく発酵しており,畑に3〜4日置いてもハエもくることはないし,二次発酵による発熱もほとんどなく,山下さんは満足されています。それに,堆肥の価格が昨年(平成13年度)から下がって,さらに利用しやすくなっています。
 アグリスポット岡山は勝田郡勝央町にあり,勝央町,勝英農業協同組合,町内の酪農家(約30戸)の出資により,管理運営を行っています。町内4地区のサブセンターにおいて,一次処理を行い,その後,メインセンターに集められ,切り返し発酵しています。また,メインセンターでマニュアスプレッターによる散布作業も請け負っています。
 勝央町は岡山県一の黒大豆産地で,200ha以上栽培されており,堆肥センターの堆肥が土づくりに活用されています。

表2 利用している堆肥について
写真5 アグリスポット岡山のメインセンターにおける切り返し作業
写真6 アグリスポット岡山の堆肥

4 堆肥の施用効果について

 堆肥を投入しているので,黒大豆栽培の連作障害はなく,10年も同じ畑で黒大豆を作り続けられています。山下さんは,堆肥を10aあたり2t投入しています。3t以上堆肥を入れてもいいのだが,費用が多くかかるというコスト的な問題から,費用と効果のバランスから2tとしているそうです。堆肥は,1回に多く入れるよりも,コンスタントに入れることが重要だと山下さんは言われます。
 平成14年の夏は猛暑の上,雨が降らなかったが,そのような厳しい状況においても,黒大豆はどうにか耐えることができたそうです。これは堆肥のおかげだと山下さんは言われます。
 山下さんは,植え付け後に,灌水もしないし,追肥もしません。堆肥を施用したことで,土壌の保水力及び地力が高まっているおかげで,黒大豆に任せることができるそうです。植え付けした後に,枯れそうだからといって水を散布したり,肥料の効きが悪いからといって,あわてて追肥するようなことは一切ないそうです。植え付けするまでに,しっかりと土づくりをしておくことがポイントのようです。
 また,堆肥を施用することで,単価の高い大粒の黒大豆の比率が高まり,その上さやの付きが良いので,収量も多くなります。

表3 堆肥の施用効果について

5 最後に

 山下さんに,黒大豆栽培には堆肥をしっかり投入した土づくりが大切なことを教えていただきました。堆肥を投入すれば,連作障害が起こらず,健康的な豆ができてくると実感でき,堆肥は重要な資材であることを再認識できました。
 一方,堆肥を使うことを拒む耕種農家の方も少なからずおられるようですが,山下さんのように,「絶対,堆肥は必要なんだ。」と強調して言われつづけ,実践もともなっている事例があると,畜産サイドとすれば,かなり心強く感じます。このように,堆肥を必要としている耕種農家がいるのですから,家畜ふんからできた堆肥は,耕種農家にとっても大切な資材だと,畜産農家は信じて,良質堆肥の生産に励んでもらいたいと考えています。それぞれが,畜産だ,耕種だと肩肘を張らずに,同じ農業なのですから,ともに必要なものを提供しあいながら,地域の農業を発展させていくべきではないでしょうか。