ホーム > 岡山畜産便り > 岡山畜産便り2003年5・6月号 > 実用化された受精卵移植技術

〔技術のページ〕

実用化された受精卵移植技術

岡山県総合畜産センター 大家畜部受精卵供給科
 専門研究員 小田 頼政

1.はじめに

 受精卵移植技術の研究を開始し,20余年が経過しようとしています。その間に,受精卵の凍結保存,双子生産(分割卵による一卵性双子生産技術含む)あるいは体外受精など受精卵移植に関連した各種技術は,目覚ましく進歩してきました。この結果,実用化された技術も当初の新鮮な受精卵から,雌雄判別や経膣採卵を利用した体外受精卵作成技術など広範に利用される状況となっています。これらの技術の活用により,家畜の遺伝的改良は,新たな展開が始まりつつあると考えます。そのようななか,岡山県総合畜産センターが積極的に取り組んでいる実用化新技術として体外受精卵作成技術と雌雄判別技術を紹介します。

2.経膣採卵を用いた体外受精卵作成技術

 高能力牛のなかには,高齢や繁殖障害に陥り後継牛が得られないまま廃用され,酪農家としては非常に残念な思いをされることも少なくありません。しかし,経膣採卵を用いた体外受精技術を利用すれば,このようなケースでも産子を得ることができます。当センターでは,この高齢牛を対象とした預託制度を実施しています。
 経膣採卵は,超音波診断装置を用い,膣内に探触子(プローブ)を入れ,卵巣をモニター(右写真)に映しだします。プローブには長い針が装着されており,モニターを見ながら卵巣内の小卵胞内の未受精卵を回収します。回収された未受精卵は,一日培養されたのち受精させ,7〜8日間子宮環境と同じ条件にした培養器で発育させます。
 これまでの成績では,経膣採卵により1回に平均5個の未受精卵が採取され,体外受精により約6割が正常な受精卵として発育しています。これらの受精卵の多くは,後述する雌雄判別を行い移植しています。
 ただ,高価な超音波診断装置や設備が必要であり,野外での実施は現段階では困難です。新鮮受精卵では受胎率は変わりませんが,ホルモン剤投与により採卵した受精卵に比べ凍結保存後の受胎率が低かったり,まれに分娩遅延や過大子が生まれるなどの問題も残っています。

3.雌雄判別技術

 乳用牛では,生まれてくる子牛の性別は極めて大きな意味を持っています。当センターでは,高能力ホルスタイン種の受精卵をPCR(Polymerase Chain Reaction)法による雌雄判別を行って年間100卵以上県内の酪農家に譲渡しています。
 PCR法による受精卵の雌雄判別は,受精卵の細胞の中にあるY染色体にだけあるDNA配列(雄特異的DNA配列)を検出する方法です。方法としては,金属刃を装着したマイクロマニピュレーターを用いて顕微鏡下で受精卵の一部細胞を切断して採取します。DNA抽出後,PCR反応液と混合してPCR装置(サーマルサイクラー)に入れて電気泳動を行います。右の写真のように雄であれば,細胞の中に雄特異的DNA配列が存在するため,電気泳動によりバンドとなって検出されます。
 しかし,雌雄判別卵の凍結保存技術の実用化は,これまで困難とされてきました。このため,雌雄判別卵の普及には,「採卵→雌雄判別→移植」の処理時間が大きな課題となっていました。ところが,最近,融解後の生存性及び受胎率が安定したガラス化保存技術の開発により実用化が一歩前進しました。ガラス化保存技術は,従来の考え方とは異なり,高濃度の耐凍剤を用いることで脱水を促し,細胞の氷晶形成を完全に抑制します。当センターで行った試験では,雌雄判別していない凍結保存卵と雌雄判別雌卵のガラス化保存での受胎率に差はみられていません(表1)。
 雌雄判別卵の今後の課題としては,細胞によっては,雌雄判別が困難なケースも出てきます。
 また,雄の受精卵において雌雄共通(牛細胞)DNA配列のみが増殖し,雄特異的DNA配列が少ないなどによる誤判定(産子の性との不一致)の危険性も生じてきます。これらのことをなくすためには,技術者の熟練度が最も重要となります。
 当センターでは,農家で採卵した受精卵を雌雄判別することや長期空胎牛を預かり経膣採卵による体外受精卵作成を行える体制を整えて,今後とも地域の酪農家をはじめとする関係者の要望に対応することとしています。