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〔共済連便り〕

家畜診療日誌
家畜診療所の人工授精について

岡山西南家畜診療所  山名 一廣

 岡山西南家畜診療所では,平成11年11月から諸般の事情で数戸の乳牛飼養農家において人工授精を開始し,現在に至っている。人工授精に土日祝日はないため,当診療所に在籍する獣医師は器用不器用に関係なく,全員が診療に併行して実施することになる。獣医師が授精すれば,受胎率が高いと思われるが現実はそう甘くはない。卵巣,子宮の状態を適確に把握し,排卵受胎されるであろう卵胞を確認し,限りなく授精適期と思われる時期に授精器具を使用して希釈された精液を注入し受胎させる。言葉にすれば簡単であるが一発必中とはなかゝいかない。そこで釈迦に説法となる向きもあるが,自身の反省も兼ねて,牛の人工授精について勉強してみたい。
 まず,授精適期については発情終了前後が望ましいが実際には発情開始,終了を正確に察知するのは難しい。発情徴候を認め,外陰部,膣粘膜,子宮頚管外口部等の外観的変化と直腸検査により卵巣,子宮の変化をみることが大前提である。現実には直腸検査で卵胞の発育と形状から排卵時期を推定し授精時期を決める。正常卵胞は緊張感があり,表面は硬い感じで滑らかである。卵胞表面の中心部のみに軟い波動感があれば排卵は近いと推定される。当然,子宮は収縮力,弾力が良好であってほしい。発情持続時間は個体,栄養状態,年齢,季節等により差異があるが,12〜20時間が多く,発情終了後6〜7時間で排卵する。そこで,周到な授精適期の把握のもとに精液注入するが,注入器はカスー式が最近多用されている。一時に複数の授精なら使い捨ての塩化ビニール製シース管使用が便利で望ましい。凍結精液融解容器に温度計で測って35℃の温湯を用意し,液体窒素凍結精液保存器のキャニスターから畜主指示のストロー精液管を1本取り出し,綿栓部を下にして入れ約40秒間融解する。ストローの水分を拭き取り,ストローカッターで閉封部の気室中央を真直ぐに切る。綿栓部を手前にして注入器にセットし,外陰部を洗浄消毒の上,直腸膣法で迅速確実に子宮頚管内深部〜子宮内に注入器を挿入し緩徐に精液を注入し,静かに抜去する。相手は牛とは言え女性である。優しく丁寧に接したい。最後に繁殖管理台帳等に授精記録を作成する。多頭飼育になるほど繁殖管理が繁雑乱雑となり易い。農家が毎日牛一頭一頭に気を配り,繁殖管理プログラム等を駆使しないと牛群の繁殖成績を向上させることはできない。
 生産獣医療,管理獣医師という言葉が先走りする中,連日診療所獣医師は頻発する頑固な疾病に悪戦苦闘している。農家の生産技術の向上が我々獣医師の目標でもあるが,現状は火消しの域から脱し得ない。予防が治療に勝るなら,極力予防検診対策に努め,合理的な省力管理での個体管理技術が基本となる。確実に一年一産させる繁殖技術を目指し,今日もまた授精に気合を込める。