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〔シリーズ〕モンゴル・つれづれの記(4)

−草原の花嫁−

三秋 尚

遊牧民家庭の女

 草原の赤い糸で結ばれた男女は,花婿の両親から贈られた純白の真新しいゲルで蜜月を過ごし,遊牧の暮らしは始まる。その暮らしとは,草原における牧民の生業を意味し,生産と生活が一体化したものである。牧民の日々の仕事は生活そのもので,牧民の仕事上の術は暮らしの術でもある。こうした暮らしは,13世紀チンギス・ハーンの時代のずうと以前から,市場経済化という荒波にもまれる現在まで,本質的には何も変わっていない。
 夫婦が紡ぐ暮らしは,男女の分業方式によって成り立っている。モンゴル遊牧民の家庭は,男女相互の結合は最も強く,生産活動との結びつきが最も密接な家庭の類型に入ると言われている(張承志,1986)。その男女相互の強い結合の紐は,2本の太き糸で堅く組まれ,その1本は女たちの家庭の「内」なる糸であり,他は男たちの「外」なる糸である。 女の1日は,東の空が白む前,一番に起きて,ロウソクの灯りのもとでの乳茶沸かしから始まる。一方の男は,乳茶を飲み,ゲル周辺の家畜を見回り,遠出の母馬を連れ戻し,朝飯を摂ってから,女たちにより搾乳を済ませた家畜群を誘導し,「外」なる仕事の代表格である放牧に向かう。
 女は子を産み育てることを喜びとし,育児に生活のエネルギーを注ぎながら家事を切り盛りし,その上で女としての牧畜への役割を決して男に引けを取らないほどに果たす。
 羊や山羊の出産を迎える寒気の厳しい早春期,女はゲルのそばで夜を過ごす羊・山羊群の動静に聞き耳をたて,鳴き声で分娩畜のサインを知り,手当をする。そして昼間,放牧に出かけた男が持ち帰る生まれたばかりの羊,山羊をゲルのカマドのそばで世話をし,時には哺乳瓶で人工乳を与える。また,夕刻,放牧から帰った羊・山羊群の中の母畜に駆け寄る仔畜への授乳の介添えを男とともに行う。100頭前後の母畜群の中で仔畜の母親捜しを手伝うのである。もちろん彼女は母畜と仔畜の親子関係を知り尽くしている。
 夏の季節,女の仕事は搾乳と乳加工である。ゴビ山岳部では山羊や馬の乳をしぼり,連日,早朝から夜更けまで,母親から受け継いだモンゴル伝統の乳加工技術により,一連の乳製品製造に精出し,自家の基礎食糧を調達する。 晩秋11月は自家食用に供する五畜の屠殺月で,男は屠殺・解体作業を担当し,女はその内臓を食用に調理し,保存する。
 長い厳冬の季節,女は羊毛で作ったフェルトで自家用敷物の絨毯をつくり,ゲルの円形側壁を囲むフェルトを修理し,家族の衣服を作り,繕い,生活に欠かせないモンゴル特有の長靴までも修理してしまう。
 数キロ,時には10キロ以上も離れ,孤独に見えるゲルの住人も,訪れた先の女の笑顔と親切な接待で,互いに強く結ばれ,苛酷な草原環境の中で互助の心が育ち,人々の社会関係は強まるのである。

草原の花嫁

 今から10年ほど前,ゴビ山岳部ツェルゲル村に滞在中,真新しい一張りの純白のゲルで,若い男女の新生活への旅立ちの日に立ち会う好機に恵まれた。それは知り合いのサンギツェベック(60歳)家の長男バザル(23歳)の結婚式であった。草原の結婚式は,乳や乳製品の収穫に恵まれた,実り豊かな夏に行われることが多い。
 93年8月20日午前10時,私たち(ゴビ・プロジェクト調査隊:小貫雅男大阪外国語大学教授,学生3名ほか2名)は山岳悪路を車で25分ほどの距離にあるサンギツェベック家に到着した。そこには3戸の牧家が寄り合い,バザルの両親のゲルのそばには一張りの新居が立っていた。彼の両親のゲルに案内され,母親ナムハイ(44歳)から乳茶と馬乳酒の接待を受けた。
 午前11時,挙式の予定時刻が迫ってきたが,花嫁はまだ見えない。ゲルの中では隣家のアディヤスレンや親戚の人たちが,花嫁の到着の遅れを心配していた。昨日遅く,花嫁を出迎える儀礼に従い,花婿と花婿の叔父(母親ナムハイの弟),父親の友人の3名が,騎馬で1時間ほど離れた花嫁の生家シャーリー家に出向いていたのである。


写真1
ゲルの入口前に敷かれた真白い絨毯の両側で家族や親戚の人々が花嫁を迎える。

 花婿の両親のゲルは,渓流沿いの山すそに立っている。父親が騎馬で,その渓流を挟む南の山岳へ出かけた。日ごろは沈着で冷静な父親は居たたまれない気分に後押しされたのであろう。しかし,彼が出発してすぐに,その山岳の稜線に4頭の騎馬人の姿が現れた。肉眼でそれぞれの顔を見定めるには遠すぎる距離であった。時刻はちょうど12時,挙式の予定時間を1時間過ぎていた。自然の時間で暮らす遊牧世界の人々は時計の針の運びを少しも気にはしない。
 山頂に姿を見せた4名は一列になって急峻な細い山道を下り,花婿花嫁の姿は刻々と拡大された。花嫁ツェツェクは18歳,シャーリー(59歳)家の長女である。オレンジ色のネッカチーフを頭に巻き,民族服で身を整え,右手の手綱で馬を巧みに御する花嫁の姿は凛として輝き,草原に生きる若い女のたくましさ,健気さが伝わってくる。
 渓流沿いの山裾に出たカップルは騎馬の頭を揃えて進み,その後を2名の使者が守護神のように続いた。花嫁は花婿の父親に迎えられ,新居のゲルの前で馬を降りた。新居の入口に敷かれた真白い手作りの絨毯の両側には家族や親族,知人が並び,先頭の花嫁は彼らの温かい視線に迎えられ,ゲルに入った。
 ゲルの正面奥にある長持ちの前に2名の使者が座り,その右側にある木製ベッドに奥から順に花婿,花嫁が腰掛けた。ゲルの真ん中にあるカマドの奥の食卓には「ハレ」の料理「オーツ」と「ボーブと乳製品」が並び,その手前に祝酒「馬乳酒」と山羊乳の蒸留酒「シミン・アルヒ」の入った乳缶が置いてある。すべての料理は夏の季節に生産される乳製品であり,夏草で肥えた羊1頭分の肉である。


写真2
婚礼を祝う「ハレ」の料理。「オーツ」(奥左)。小麦粉とバター油,砂糖,塩を混ぜて揚げた
「ボーブ」の上に盛りつけた硬質チーズ「アーロール」など乳製品と飴(奥右)。手前の乳缶
には「シミン・アルヒ」(左)と馬乳の醸造酒「アイラグ」(右)がいっぱい。

 午後0時20分頃,婚礼の儀式は始まった。父親はハダック(空色の薄く細長い絹布)に山羊の生乳を注いだ茶碗を乗せて花婿に渡し,彼はそれに口をつけてから花嫁に回し,父親はその茶碗を花婿から受取り,長持ちの上に置いた。次いで花嫁は花婿の母親から渡されたスプーンで,小さな容器の山羊乳バター「シャルトス」をすくい,家畜糞が燃えるカマドに投げ入れた。乳茶沸しの大鍋をかけたカマドの火炎は勢いをえて大きく揺らいだ。
 次いで花嫁は義母が準備した大鍋の煮え立つ湯に磚茶と山羊乳を入れて乳茶を沸かした。こうして花嫁の,義母から家事一切を引き継ぐ儀礼は終わり,花嫁は花婿の隣の席に戻った。父親は長持ちの上の小さな容器で針葉樹葉「アルツ」を燃やし,その芳香が新郎と新婦を包み込み,ゲルの空間に広く漂った。
 花婿の叔父が丼鉢に満たした馬乳酒を花婿の父親,花婿,花嫁の順に回し飲みし,最後に披露宴の司会を勤めるアディヤスレンと花婿の叔父が飲み干した。この後,父親は羊の腰から胴体部の蒸し肉「オーツ」を短冊形に切り,新郎と新婦に手渡した後で祝客に配り,母親は新婦が沸かした乳茶を茶碗に注ぎ,カップルに差し出し,その後で祝客に振る舞った。それを手伝う長女のアディア(26歳)や親戚の主婦たちは大忙しである。
 ツェルゲル村の婚儀では,山羊乳が血縁を超えるほどに互いの絆を固め,新家庭の門出に欠かせない儀礼的役割を担っている。ゴビ山岳部は山羊の適地で,人々は山羊乳とその乳製品なしでは到底生きられない。自らの生命を守り,それを子孫に伝えるための山羊との共生の営みが,上述した山羊乳の婚礼文化における高い地位を支えているのであろう。 やがて司会者が馬乳酒の入った丼鉢を片手に持って祝詞を述べ,披露宴は始まった。新郎の叔父がシミン・アルヒを茶碗にくみ,それを司会者が新郎へ,新郎は新婦へと回し,最後は参集者へと行き渡る。その頃,羊肉と野生玉葱の詰まったギョーザ入りのうどん「ゴリルタイ・シュル」が全員に振る舞われた。
 祝宴が盛り上がりを見せるころ,父親は新婦に薄いブルーの民族服を贈り,友人,知人からの祝いの品が続々とカップルに手渡された。婚礼の儀式が始まって約1時間,新郎の叔父は祝い歌の口火を切った。司会者の指名でシミン・アルヒの酒杯を受取った祝客は,それを飲み,それぞれの持ち歌を披露し,子供たちも合唱の輪に加わった。
 緊張した表情を崩さない新郎とは反対に終始笑顔を絶やさなかった新婦ツェツェクは「今すぐ飛んで帰りたい,私の大好きなお母さん・・・」と母を慕って熱唱し,寂しく不安な心の扉を少し開いたが,すぐに閉じてしまった。この婚礼には土地の風習で花嫁の家族や親族は誰1人も出席しない。しかし花婿に寄り添う花嫁の表情から微笑みが消えることはなかった。年若い新婦の仕種から苛酷な草原を生きる女の心意気を見た思いである。
 午後4時半,ゲルの外で記念撮影が始まった。カメラのファインダーに映る花嫁,そして花婿に,ゴビの漆黒の大空に浮かぶ満天の星のきらめきのような幸せを希って,私はシャッターを切ったのである。


写真3
父親は山羊の生乳を茶碗に注ぎ,「ハダック」を添えて花婿に渡し,彼はそれを飲む。


写真4
花嫁はスプーンで「シャルトス」をカマドに投げ入れる。


写真5
儀式を終えた新郎の表情はまだ堅く,新婦は笑顔を絶やさない。