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我が酪農人生に悔い有り?! されど農婦人生に悔い無し!

おかやま酪農女性部  井家上 淑子

 岡山のM女史の題を半分お借りして,私の人生を振り返ってみたいと思う。酪農という職業にたずさわって約30年。軽トラック2台と農用フォーク2丁,バケットミルカー2台が用具のすべて。そして,流化式ロストル。これを敷いた牛床の牛舎は岡山県で我が家が最初に設置したと聞いている。その3年後に結婚。昔の表現をさせて頂ければ「手間」が増えたのだ。その分職場も大きくしてもらえねばならぬ。ということで,牛舎新築後わずか3年で,ロストルは取り除かれ,バーンクリーナー設置,牛床は12頭分増設となった。自分で言うのも気が引けるが,私は生まれついて仕事が好きな性格のようだ。特に肉体労働のたぐいは得意分野といえる。春はイタリアンのサイレージ,乾草作り,秋の始めはソルゴーの収穫,フォーレージワゴンの中に体を半分入れ,木の棒で均一にならしていく。晩秋は藁ぐろ積み。我が家の前の谷の上から下まで約100基。取り入れは冬の仕事となる。当時,共同のバルククーラーに牛乳を缶で持っていくことになっていた。数戸の農家がいたが,その合計乳量VS我が家の乳量で勝ったZと思った途端,周りのオジサンたちは廃業。以来,夫と二人ぼっちの酪農業。草(乾草)まで購入して,多頭飼育をすることに,はじめのころはいささか抵抗もあったが,それもいつか当たり前となってしまった。
 けれど,今までの30年酪農の発展とともに歩んでこれたことは幸いであったように思う。4人の子ども達もそれぞれの人生をみつけつつあり,もうすぐ親の役目も終わりそうだ。さてこれからの人生どう生きるべきか。世の中不安だらけの様子がみうけられる。国内10頭目のBSE感染牛の発見,先の山口県他の鳥インフルエンザ。人間の食に対してのあまりの軽々しさの招いた結果ではないかとも思える。食は命をつなぐもの,もっとも畏敬の念を持ってもらってもいいのではなかろうか。最近「トレーサビリティー」なる言葉で,食の安全,安心を求められているが,安くて美味しくて安全なものがあれば,私のほうが欲しいほどだ。ゆえに私は私の農婦人生=農家生活の方向修正をぼつぼつ始めようと思う。まずは今,手にあまる牛達を減数し,30年前に戻ること。もうすぐ二人の人生に戻るのだから…。年寄り二人のカロリーベースはしれたもの,米も作り,野菜も作り,家賃もいらぬ家もあり,終の住み家も確保した。今後はいかに残りの体力を出しおしみしつつ,人生を楽しんで行くかである。
 後を振りかえる間もなかった数10年はそれで又充実したものだったと思うが,気づいてみればあまりにも贅沢な暮らしに慣れきっている自分が居る。身についた贅肉と共に心の贅肉をおとす努力をせねばならぬ。幸いなことに私は小学5年生の時には,もう薪でご飯を炊くことが出来ていた。薪から,ガス,電気あらゆることの変化を見つめてこれた事はありがたい。この経験は財産といわねばなるまい。これ農家ゆえ。これから先も酪農,農業,農家,農婦よ永遠に!!