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〔シリーズ〕モンゴル・つれづれの記(9)

−遊牧民の住まい(その3)−

三秋 尚

一室空間の秩序

 モンゴルは日本と比べ,人口は53分の1に過ぎないが,面積は約4倍で1人当たり226倍と広い。しかし遊牧民の1家族(およそ6〜8人)が住むゲルの広さは8畳程度にすぎない。わが国は土地がせまく,地価が高いなどのため,小さな家に住むことを余儀なくされているが,ゲルに比較すると段違いの広さである。
 司馬遼太郎は著書『草原の記』で「農耕文明は,物を貯えるという特徴がある。(中略)遊牧民は,古来,物を貯えない。不必要に多量な什器や衣類を持てば,移動できなくなってしまうのである」と述べているように,機動的移動を旨とする遊牧生活の要請により,できるだけ家財道具をもたない結果としてゲルは狭いのである。
 遊牧を前提とするかぎり,彼らはたとえ購買力があっても,一定量以上の耐久消費財を手に入れようとはしない。その生活を根底から支える移動は,彼らの物を欲しがる心を削ぎ落としているのである。ゲルに詰め込む家財道具の量が移動の重荷になる検証は,10月頃から約6〜7か月間を暮らす冬営地ゲルと他の季節の下営地ゲルを比較すればよい。後者の家財道具は頻繁に移動を繰り返すため,冬のそれよりもかなり少なくなっているのである。
 筆者がゴビ地方ツェルゲル村の冬営地で暮らすトゥムルバット家(夫婦と子供7人)で見た家財道具は食器棚と炊事棚(各1),小麦粉など食料保管用の缶(1),飲用水などの容器缶類(3),長持ち(大小7),ベッド(スチール製2),トランク(4),カマド(鉄板製円形型1),燃料箱(ブリキ製1),腰掛(小型4),敷物(フェルト製大小8),食卓(小型1),鍋類(大小3),魔法瓶(1),ヤカン(1),茶碗,スプーンとホーク,,ラジオ,ミシン(手回し),アイロン(炭火),衣服類,夜具などであった。一方,夏営地ゲルでは2段式組み立て棚(1),長持ち(2),トランク(4),缶類(3),鍋類(2),カマド,燃料箱,ラジオ,乳加工用の革袋と木桶などであった。
 ゲルは,本誌前号で記述したように,間仕切りのない一家族全体の共有空間である。そこは家族の居間であり,寝室であり,また仕事場兼炊事場でもあり,厳寒期には出産後間もない山羊・羊を2週間程度収容するところでもある。また,客が来ると客間にもなるのである。彼らはモンゴル長靴を履いたまま,床面のフェルト製絨毯などの敷物の上を歩き,数脚の椅子があるもの,床面に片膝を立てて座る場合が多い。調理も肉を切り,小麦粉をこねる時などは床面にまな板を置いて行い,同様に食べ物の容器もじかに置き,ゲルは驚くほどに汎用的機能を発揮するのである。
 一方,ゲル内は生活的秩序が保たれ,どこに誰が座り,どこに何が置かれるか,また客人が座る場所にも‘きまり’がある。家財道具は円形の側壁に沿って置くが,その置き場は厳密に決められている。配列された家具には美しく,気持ちよい状態にするための努力が払われており,たとえば長持ち,戸棚,フェルト製敷物などは文様で飾られる。
 ゲルの戸口は南東から南南東を向いている。その戸口から奥に向かって左側(西)は男の空間,右側(東)は女,子供の空間である。正面から最奥(北)の壁際に長持ちがあり,その上は仏壇を兼ねて仏様と仏具が置かれる。その左右の長持ちには鏡台や写真入り額,ラジオ,時計などを置く。祭壇の前の空間は「ホイモル」(和訳は奥座席あるいは正座の席)と呼ばれ,もっとも尊敬される人物,家族の中でも年上の男性や来客の座である。
 家財道具の大半は,西側の側壁沿いに奥に向かって,戸口寄りから乳製品容器(夏季),馬乳酒製造の革袋や木桶(夏季),鞍など馬具一式,長持ち,男性用ベッドなどが配置され,東側の壁面に沿って戸口寄りから乳製品容器(夏季),水桶,食器棚,柄杓類,炊事棚,女性用ベッド,長持ちなどが配置される。中央部の天窓のほぼ真下あたりから戸口に向かってカマド,燃料箱と並び,少しの空間(土間)を介して敷居となり,一方,カマドのすぐ奥には食卓が配置されている。ゲルのほぼ中央部のカマドの場所は,70年前頃までは炉と五徳が置かれていた。ここは今でも神聖な空間とされ,「ゴロムト」(和訳は中心点)と呼ばれ,家系を護る火の神が宿るとされている。その場所の奥は上記した「ホイモル」と呼ばれる空間である。
 カマドのほぼ真上でゲルの屋根の中央にある天窓もまた神聖は場所である。それは正面戸口と違って年中,昼夜を問わず開いており,明かり取りであり,煙出し口として欠かせない。同時にそれは神聖な炉(現在はカマド)から煙の出ていく通路でもあり,また,外界,特に天界と霊的に接触するさいに利用されるとされている。すなわち,チンギス・ハーンの先祖の未亡人アラン・ゴアは,夜ごと光る黄色い人が,天窓の煙出し口から入って来て私のお腹に染み入り,それが日月の光にそって黄色い犬のように尾をふりながら這い出ると妊娠した,というモンゴル民族の始祖説話の一つ「神聖(感性)受胎説話」が伝えられている(村上正二訳注「モンゴル秘史」)。
 ベッドの数は普通は2つで,しかも頻繁に移動を繰り返す季節にはベッドを減らし,あるいは使わない牧家も多い。ゲルの寝所はカマドの位置から奥の部分で,ここに手作りの分厚いフェルト製絨毯を敷き,その上に寝具をひろげる。私はホームステイの時,ベッドに寝かされたこともあるが,多くの場合は寝袋に入り,子供たちと頭を並べて眠ったのである。家族の多い家庭ではベッドの下まで寝所になっている。
 子供たちは結婚するまで,ひとつのゲルの中で両親と寝起きをともにし,客人が泊まることになれば,見知らぬ他人を含めた居住空間になる。したがってプライバシーを保つのは難しい。このためにベッドにカーテンを掛ける牧家に出会ったこともある。発電機が普及している現在でも,平常はローソクを使うので,夜間の薄暗さがいくらかプライバシーに加勢しているかもしれない。ある日本人はゲルのプライバシーについて,「孤独なら,草原で十二分に満喫することができる。人知れず泣きたければ草原へ駆け出すとよい,ゲルはプライバシーを守るというより,人のつどうところである」(小長谷有紀編『モンゴル』)と言っている。

ゲルの外部空間の秩序

 複数のゲルを建てる場合,ほぼ半円形にゲルを建て並べ,そのグループの長のゲルを最も北側あるいは北西側に配置しなければならない。ゲルの周囲は生活空間として,家畜の柵,馬の繋ぎ場,カマドの灰の捨て場,燃料置場などが配置される。その配置方位は宿営地の地形により異なり,地方差も見られる。 一般に騎馬の繋ぎ場はゲルの南または南西側が多い。子牛の繋ぎ場は南東か東側,子馬の繋ぎ場は北西側にあり,これらの場所で搾乳が行われる。灰の捨て場は東南か東側で,かなり離れた場所である。燃料として欠かせない家畜糞の山は東か東南側でゲルの近くに置かれる。トイレ(大便)は風向きを考慮して,ずっと離れた東南か東側である。ホームステイした冬営牧家で簡単な囲いのトイレを使ったことがあるが,それは極めて稀な事例である。
 冬営地では羊・山羊群の石垣積み囲い場(ホローと呼ばれ,厳寒時にのみ使用)がゲルに隣接し,その場所は東側の場合が多い。ゲルの東側のベッドで眠る主婦はホロー内の畜群の動静に聞き耳を立てると言われている。羊・山羊群は毎日日帰り放牧で,夜間はゲルの周辺に集められるが,その集合場所は地形に大きく左右され一定しない。しかし,その場所には糞が堆積し,昼間の太陽で暖められて保温効果抜群の夜の褥(しとね)となるのである。去勢や育成中の馬群は時々牧地から連れ戻され,ゲルから少し離れた北または北西側で夜間をすごす。
 日常生活に欠かせない井戸は,冬営地以外はゲルの周辺にはない。ゴビ地方ツェルゲル村の冬営地では,一般に2〜4キロの範囲内に釣瓶井戸があり,その深さは2メートル前後,水深は20〜30センチである。井戸に遠い牧家では雪水を使う。他の季節では湧水地や小さな水系の近くで幕営する。

 ゲルから一言のメッセージ

 わが国は1960年代に経済の高度成長期を迎え,「消費は美徳」とか「エネルギー消費は文明の尺度」といった時代を映す言葉が流行した。私たちはプライバシーの必要から屋内の壁を増やし,モダンなライフスタイルの要求がより広い空間の欲求として跳ね返り,耐久消費財を次々と際限なく買いそろえ,一方で廃棄する消費生活に明け暮れてきたように思われる。そして今,狭い空間に詰め込まれた物財と住宅のローンにがんじがらめにされ,人間は富裕のなかで過分の欲求のために不幸になるという因果を知りながら,欲求それ自体を抑制することを知らなかった愚かさに気づき始めたようである。
 ゲルの住まいは,草原の風土が紡いだ産物であり,省資源型の生活様式にほかならず,人間のあくなき物的所有欲を自制する心を宿している。その住まいには,物質文明の有り様を模索する人々の感受性になんらかの刺激を与えてくれるメッセージが秘められている,と私は思うのである。

ゲルの室内の一部
ゲルの戸口から見た正面奥。手前から燃料箱,カマド,
食卓と並ぶ。カマドの左右に天窓を支える柱が立つ。

若い主婦のスチール製ベッド
ベッドには色彩豊かなカーテンを掛けている。

ゲル内は仕事場
羊毛皮を用い,手回しミシンで民族服を仕立てる主婦。

ゲルの床面は食卓
接客の際,床面に乳製品の盛り物なども置かれる。写真の中央は肉料理(ボーズ),
右手は乳茶入り魔法瓶,左手は蒸留乳酒(シミンアルヒ)の入ったポリ容器