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〔技術のページ〕

和牛の遺伝子情報を利用した新しい選抜手法について

岡山県総合畜産センター経営開発部  古川 恵

 近年,遺伝子に関する研究は目覚ましいものがあり,家畜においても様々な解析が行われています。和牛では,牛クローディン16欠損症や牛バンド3欠損症などの一部の遺伝病について,遺伝子診断が実用化されています。また,脂肪交雑や枝肉重量などの経済形質についても解析が急ピッチで進められています。
 当センターでは動物遺伝研究所を始めとした20道県と共に「DNA育種基盤整備事業」に取り組み,和牛の経済形質に関連のあるDNA領域の特定を行ってきました。この中で,一定の成果を得ることができ,今回はこれによって得られた成果を利用した新しい選抜手法を紹介します。

 (1) これまでの選抜方法

 現在,和牛における経済形質の育種改良には,「育種価」が利用されています。
 「育種価」による改良は選抜する指標としては正確度の高い手法である反面,実際に優良遺伝子を受け取ったかどうか「育種価」が計算されるまでわからないこと,「育種価」の計算に長時間を要することなどの問題点を持っています。
 そこで,優良遺伝子自体を特定し,子牛がその遺伝子を受け継いだかが判定できれば,効率的でより精度の高い選抜手法が可能となります。

 (2) 染色体とDNA型

 DNAはA(アデニン)・G(グアニン)・C(シトシン)・T(チミン)の4種の塩基で構成されています。牛では,約30億という膨大な数の塩基対が延々と並んだものが,30本の染色体の中に組み込まれています。この中に遺伝子が約2万から3万ほどあると推測されています。
 また,染色体は対で存在しており(相同染色体という),相同染色体の同じ位置にある遺伝子が対となり,遺伝子型として実際の形質を支配しています。産子には両親の染色体の片方ずつが受け継がれ,この時どちらの染色体を受け取るかによって遺伝子型に違いが生じます。また,組み替えという現象も起こるため,遺伝様相はより複雑になり,両親が同じ全兄弟でも表現形質に違いが生じるのです。

 (3) DNAマーカー

 DNAの塩基配列のうち,個体によって配列や塩基の繰り返し数が異なる場所があり,相同染色体の間でも違いがあります。(図1)親子間で違いのタイプを調べることによって,染色体のその部分の由来,つまり父親の染色体のどちらを子が受け継いだかについて調べることができます。これを利用したものをDNAマーカーといいます。いわば,DNAマーカーは染色体上の特定の位置がわかっている目印のようなものです。

 (4) DNAマーカーによる解析技術

 現在,私たちが進めている遺伝子の解析技術は,DNAマーカーを利用した「連鎖解析」の方法を用いています。一本の染色体上には,非常に多くの遺伝子がありますが,近くに存在している複数の遺伝子は,ひとまとまりで子に遺伝します。これを「連鎖」といいます。
 そこにDNAマーカーがあれば,優良遺伝子と「連鎖」して一緒に親から子供に伝わりますので,DNAマーカーを指標として優良遺伝子の染色体上の位置を特定することができます。

 図2で簡単に原理を説明します。父の相同染色体にマーカー1とマーカー2を配置しました。それぞれのDNAの型を調べてみると,左の染色体は,マーカー1がA,マーカー2がB,右の染色体では,a,bとなっていました。次に産子について調べたところ,枝肉成績の良い集団はAとB,枝肉成績の悪い集団はaとbのマーカー型を持っているとすると,枝肉成績に関する優良遺伝子はマーカー型AとBの間に存在しているということになります。実際には遺伝子の組み換えが起こるため,もっと多くのマーカーを各染色体に配置して,その遺伝子が存在する領域を特定する必要があります。

 (5) これまでの成果

 当センターでは,平成13年度から基幹種雄牛「利花号」の産肉成績に関わる連鎖解析を進めてきました。この結果,脂肪交雑で1カ所,ロース芯面積で4カ所,枝肉重量で2カ所の優良遺伝子が存在する領域を特定することができました。
 脂肪交雑の優良遺伝子領域を持っている産子の集団は,持っていない産子の集団よりもBMS No.の平均値が1.1高くなっています。(表1)他の形質についても,同様に優良遺伝子による効果が現れています。

 これらの成果を踏まえ,和牛改良委員会で審議した結果,本年度10月からDNAマーカーを利用した選抜手法(マーカーアシスト選抜:MAS)を正式に組み入れた新しい選抜手法を行うことになりました。

 現在,直接検定及び後代検定では系統,育種価,発育成績,体型などで選抜が行われています。父の産肉形質にかかる優良遺伝子を検定牛が持っているかどうか調査したDNAマーカー情報を加えて選抜することにより,さらに精度の高い選抜が可能となり,早期に優秀な種雄牛を作出することが期待できます。
 しかしながら,DNAマーカーの情報は同じ系統群でしか利用できず,現在では「利花号」産子に限られています。今後,次世代を代表する種雄牛「花茂勝2号」や「沢茂勝号」などの解析に取り組み,優良遺伝子領域の特定を行う予定にしています。
 最後になりましたが,解析サンプルの収集に御協力頂きました農協,生産者の方々にはこの場をかりて厚く御礼申し上げます。