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私の趣味

長江 勘次郎

 私の趣味はいろんなものがあり,最初は庭造り,樹木づくりでした。昭和24年頃,家のそばに西大寺軽便鉄道があり,終点の後楽園駅から西大寺駅まで,西大寺会陽の後祭りに,若木を買いに行き,カシ,ウメ,モミジを購入したのが最初でした。次第に庭の木も大きくなり,立派に成長しました。鉢植えにもかなりの姿になりましたが,いつの日からか枯れて5鉢ぐらいになりました。
 第二の趣味といえば語弊がありますが,山陽新聞,週刊朝日を復員後ずっと読んでいますし,文藝春秋はこれまた30年前から今まで引き続き読んでおり,気に入った記事があれば,帳面(男3人の孫の使いぶるし)を使用し,スクラップブックとして保管しますが,余り読み返した記憶はありませんが,5〜60冊はあるでしょう。
 新聞紙,雑誌の保存紙は褐色に変色しています。しかし日経新聞の「私の履歴書」は毎月コピーして読んでいます。最近,最も感銘を受けたのは,岡山市の林原健社長の記事でした。科学研究と経営及び社員への話がいずれも秀逸でした。
 また,私の趣味といえば,いつの日か読んだり,聴いたりしたこと,それらの意味合い,或いは疑問点,由来はどんなものなのか調べることです。ですから私の書斎(家の応接間)には,本格派の獣医畜産の月刊誌,書籍は勿論のこと,分厚い辞典や書物が並んでいます。しかし,年のせいか日誌を書くとき,漢字を忘れ,辞書を引くことがしばしばで,この時間と書く時間とが同じぐらいの時間になります。残念なことに。

・聴いたり,調べたり,読んだりしたこと。
 本論の趣味に入ります。

1)オリンピック陸上競技の華,マラソン

 知的好奇心を刺激した42.195q,競技に端数が付いている。私はたくさんの辞書や書物で調べたがお手上げでした。市の教育委員会にお尋ねしたところ,01.10.10時03分の数字のあるFAXが届きました。さすが教育委員会。1908年(明治41年)ロンドン五輪のコースで,ウインザー宮殿からシェファード・ブッシュ競技場のゴールまでの距離が42.195qだった。普通なら整数だが,さすがイギリス・アレキサンドラ女王の席の真正面にゴールをずらした。この結果だと,お伽噺のようですが本当なのでしょう。

2)無胆嚢動物

 動物学に書かれない動物,本文でいうのは「生まれながらに胆嚢のない動物」
 人間に胆嚢のあることは十二分に承知しているが,最も身近な動物の中では,馬,鹿には胆嚢はありません。そんな馬鹿な話があるのか,本当にないのです。私は,実験馬の病理解剖を何頭となく経験し,胆嚢のない動物と承知していましたが,鹿にないことは,いつごろか後ほど知りました。
 私が勤務していた鶏の研究所に,ある日のこと,羽毛の真っ白い鳩が3羽病性鑑定のため持ち込まれました。毎日,病鶏を解剖したので,お手のものとばかりに鳩を解剖しましたが,胆嚢がありません。奇形と思い,残りの2羽も解剖しました。だがやっぱり胆嚢がありません。おかしい鶏にあって鳩にないなんて,と疑問を抱きながら,早速に家畜比較解剖学を繙いてみましたところ,脚注に小さな字で,鳩,インコ類に胆嚢がないとありました。全く驚きました。天下の動物医として内心忸怩たる思いがしました。

 哺乳類で胆嚢のない動物
  馬属の全部,シカ科のもの,ゾウ,ラクダ,クジラ,ネズミなどで
 鳥類は前述のハト,インコ類です。

3)鈴杏,公孫樹(イチョウの木)

 私が県北の農林事務所(昭和39年頃)に勤務していたとき,林務課の職員が,突然,私の所にやってきて,「係長はなんでも知っているから教えてくれと曰く,実はある農家の人がやって来て,公孫樹の木,ギンナンの実のなるメス木を沢山植えたいのだ,オス,メスの木の区分を教えてもらいたい。」家畜のオス,メスの区分は知っているが,イチョウの木は知らんと返答しました。内心面白いことだと思うし,早速に農林省の林業試験場へ照会しました。早速,返事がありました。(返事の手紙はこられた職員に渡しました。)今日,自分の頭の中にある記憶を記入してみますと,メス木は幹や太い枝から枝が鈍角,鈍角に伸び,大部分の葉は中央がくぼんでいません。これがメスの特長であり,オスは幹や太い枝から鋭角鋭角に枝が伸びていき,葉の中央がくぼんでいます。
 後楽園の入り口,交番のすぐそばの公孫樹(戦後雷落の大きな傷がある)と操山高等学校西の塀の道べりに高く伸びた公孫樹,両木とも枝ぶりや葉の状態がよく似て,秋にはギンナンが沢山落ちています。(いつの間にかなくなるが)
 公孫樹は古代の裸子植物で,メス花は花柄の先に二つ咲き,オス花は穂状で花粉から精子を生じ受精します。

4)錦の袋(楽玉)の5色(青,黄,赤,白,黒)の布は,進水式や道路,橋梁などの開通式に,災厄払い,平穏無事を祈願する厳粛な行事

 この由来は,5月5日は「薬日」で,611年推古天皇が百官を率いて大和の国で「薬狩」をしたことに始まります。男は薬にする鹿の若い角(鹿茸,強壮剤)を取り,女は狩り仕度で山野に出かけ,薬草を採取する着襲(きそい)狩り(薬狩り)をしたので「狩り」という字がつきました。この端午の節句には沈や麝香などの香料を綿の袋に詰めて「薬玉」を作り,青,黄,赤,白,黒の五色の糸を垂らし,蓬や菖蒲の香りのものを添えて柱や軒の下につるし,邪気を払い延命長寿を願いました。また,この節供に菖蒲湯に入り,同時に粽を作り神に供え,厄除けのお守りとしました。

(以下,次号に続く)