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〔畜産農家の声〕

新天地での6年間

津山市綾部 梶岡 克彦


和気山団地にある牧場

 酪農をはじめて,はや27年がたちました,13頭経営から26頭,現在は40頭と規模拡大をしてここまできました。就農した年に牛乳の生産調整があり乳価も115円?から年々安くなり,今では90円台と下がりました。日本経済の激動の中で,牛飼いで生きて行こうと農家も必死で努力し,関係機関と一体となって知恵をだし,多くの困難を乗り切ってきましたが,これからも一難去ってまた一難と続いています。
 私も多くの難を乗り越えていますが,中でも6年まえ酪農経営の移転がありました。水田酪農から山地酪農への転換で,和気山酪農団地へ入植しました。20年の経験と放牧ができる嬉しさで始めたのですが,ピロプラズマ,第4胃変異,足のはれや痛み,低Ca症,乳房炎など,多くの牛が牛舎から出て行きました。経営もどん底になりましたが,今では病気も少なくなり,「ほっ」としています。そこで牛達が健康になった体験を書いてはどうかと進められ僭越ながら酪農家の参考になればと思い書かせてもらいます。


搾乳牛

 津山市酪農組合での研修会で酪農共済の三村ドクターの「生産獣医療による農家経営支援」の話を聞き,さっそく我が家にも来てもらいました。牛を見て,「これではだめだ」血液検査 飼料給与量 ボデイチェックなど調べ,話を聞きました。私の20年の経験はどこへやら,その結果を見て,なさけないやら散々でした。が,話のなかで,「いまのホルスタインの遺伝子で乳を出す能力は世界一だ」「梶岡さんの牛だけが大変だけではなく多くの農家が困っています。これも農家だけの責任でなく,指導員の責任も大きいのです」この言葉を聞いて「ほっ」とすると同時に,三村ドクターのアドバイスで私のチャレンジが始まりました。


給水(旧左、新右)

 まず444 濃厚飼料4s4時間空け1日4回合計16s。以下,乾草は食べるだけ与えて,アシドーシスの改善から始めました。書くことは簡単ですが,ずぼらな私にとって苦痛でした,が,なんとかなりました。半年後,努力の成果で足のはれは少なくなりましたが,乾草を3sほど食べてくれません。繊維の長い物から順番に与えたり,給水場所の掃除{サイホン式},飼槽と牛床の仕切り板,ニューヨークタイストールなど改善しましたが,草を食べてくれません。たまたま,共済廃用しようとした牛をつなぎかえたら,日増しに健康になり,先生も私もびっくり。給水場所の毎日の掃除のおかげで水の噴出量が1番多いいところでした。すぐに最新式のO社のウオーターカップとO社による配管設計で設置しました。牛達も喜び草の量もまずまず食べてくれました。2年間悪戦苦闘でしたが,とてもいい体験になりました。今で言うカウコンフォートです。それから1年後,三村ドクターに見てもらい「牛が健康になりました」の言葉をもらい,確かに第4胃変位,乳房炎,低Ca症など,病気も激減しています。平均乳量も30s近くになり,初産牛も最高乳量で30s以上出るようになりました。


カウコンフォート
(給水方法、繋ぎ方式、仕切板設置、マット導入)

 27年牛飼いのなかで牛達が最高のコンデションになりました。このことも周りの牧場の応援,共済の先生方{三村,大谷}普及センター{石川}家畜保健所{横内}おからく{岡本},のメンバーが私と一緒に苦しんでできた成果と思います,お世話になりました。これから乳量1万キロと放牧に向けて施設の充実をしていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。


放牧中の育成牛