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〔畜産関係者の声〕

吉塔酪農会館の閉所式に出席して

岡山家畜保健衛生所 所長 中山 敏之


吉塔酪農会館(集乳所)

 平成18年5月30日,吉塔酪農会館の閉所式が挙行されました。岡山県酪農の黎明期から常に先頭に立ち続けた地域酪農のシンボルがひとつ消えます。
 歴史を遡れば,この地域の酪農は明治時代からで,昭和初期になると飼養頭数は順次増頭され,昭和30年3月の旭東酪農組合の設立時には,西大寺太伯地区酪農の伝統ある経営集団として技術的にも,組織的にも岡山県のトップランナーでした。
 全国的にも名を馳せた水田酪農の発祥の地であり,オピニオンリーダーとして,今に有り続けている地域です。
 吉塔酪農会館(集乳所)を中心として酪農家の結束は堅く,何時も一致団結して酪農経営に取り組み,地域会員数は30戸以上を数えたこともあったといいます。


昭和60年頃の太伯乳牛共進会

 都市近郊酪農地域の宿命として,他産業への転職等により,後継者の育成確保が非常に難しく,農家戸数が減少するなか,高齢化が進みました。
 一昨年までは4戸で頑張ってこられましたが,昨年2戸になり,今年3月に高畠現組合長が約50年継続した酪農経営から身を引くことを決意され,吉塔酪農組合では水川さんが一人となり,やむなく「酪農会館」を閉所することに決定されたそうです。


昭和60年頃の太伯酪農地帯遠望

 閉所式では酪農家の方々からなつかしいお話をいろいろとお聞かせ頂きました。
 毎朝,搾乳後,自転車の荷台の両脇にミルク缶を天秤様にフックでつるし,集乳所(ユニット式クーラー)へ出荷されたそうです。
 働いた成果の重さを誇らしげに,自転車に乗って颯爽と集乳所に走った酪農家の姿が目に浮かぶようでした。
 早朝からの搾乳労働から解放されたひとときは毎日が活気に満ちていたに違いありません。
 当時の集乳所では新しい技術に関する情報収集・伝達が行われ,酪農ロマンの満ちあふれる話題で一杯であったことでしょう。
 酪農,農業,経済,社会問題の総合討論会(ディスカッション)の場に早変わりして,ときには,時間の過ぎるのも忘れて議論することも多々あったようです。
 このことが地域の摩擦解消になり,明日からの働く力と技術向上のエネルギーとなったことでしょう。
 今年,岡山家畜保健衛生所管内で「地域における生乳の安全・安心の確立」をめざして,地域酪農の活性化を推進し,生乳の消費が低迷するなか,時代の要請に応えられる「乳質の改善対策」を行うこととしています。
 ポジティブリスト制の導入対応,飼養管理基準の徹底,生産物の安全・安心意識の向上,良質生乳生産と収益性の改善等について関係機関がそれぞれの技術力を活かして進めて行くことが求められています。
 吉塔酪農会館の創生期に立ち帰り,当時の酪農を志した一人一人が毎朝語り合ったに違いない「酪農経営への情熱と真摯な向上心」を今に思い起こし,「古きを尋ねて新しきを知る」のとおり,関係者と充分ディスカッションを重ねながら「改善対策」を実り多きものにしたいと思っています。


吉塔酪農会館の看板:揮毛は森本政喜代氏。「吉塔酪農会館」の墨が薄くなっている。
「温故知新」の扁額(写真右):作者は牧野勉氏