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〔共済連だより〕

家畜診療日誌

岡山中部家畜診療所 久田 野歩

 私が臨床獣医師として働き出して半年経過しました。臨床獣医師といってもまだ半人前,分からないことだらけです。一人で診療ができなければ仕事にもならず,7月よりやっと一人での診療に行けるようなりました。今回は新人獣医師として往診を始めたばかりの毎日について書かせていただきます。
 朝診療所に診療依頼の電話がかかります。まだ担当農家がないので先輩獣医師の担当地区の中から数件診療をいただき行っています。出発前にカルテに目を通し,農家に向かう車の中で診療について必死に考え準備します。
 診療1件目,関節炎で継続の診療で先輩獣医師からは抗生物質製剤を筋肉注射と指示ですが,自分なりの所見を取ろうと必死に牛を診ます。農家の方はじれったそうに「他はどこも悪くないから抗生剤だけ打ってくれればいいよ」。診療2件目,発情確認ということで農家に行きますが,農家の方に会ったとたん,表情に落胆「なんだ,新人さんか。」と言われながらも直腸検査してみます。農家の方がじれったそうにしているのを気になりながら時間をかけ子宮と卵巣所見をとり農家の方に伝えます。「右に成熟卵胞があって,授精適期は明日の朝だと思います。」すかさず畜主の奥さん「正解よ,ある程度できるようになったね,でも妊娠鑑定頼みたかったけど,また今度にするね」。診療3件目,主訴は下痢の牛を診て「眼が落ち込んで脱水しているので補液します。」「先生,その牛もともと落ち目よ。」「…」。診療4件目ケトーシスの治療で静脈注射です。血管に針が入らずに苦労し何度か針を刺しなおしていると「一回落ち着いて,よく血管見れば入るから」と一声かけてもらいその直後に無事血管に入りました。
 3ヶ月経過し,農家の方と話すことにも緊張していた最初の頃に比べ,自分なりに落ち着いて診療を組み立てられるようになったと思います。農家の方からは「先生,若先生」などと呼ばれることもありますが,今の私は先輩獣医師からだけでなく,農家の方から教わることも多く「先生」と呼ばれることに自分がまだ納得できません。農家の方との信頼関係を築くため獣医師としては技術・知識はもちろんのことですが,経験や動物や人への接し方,説明の仕方,仕事に対する姿勢などまだまだ未熟だと感じます。
 就職して想像と現実のギャップについてよく聞かれますが,憶えることが多くて気にする間もなく,毎日充実した生活を過ごしていると思います。学生時代の与えられたものを勉強するという形とは違い,日々の診療の中から疑問をいだき,また新しいことに気づき,調べ考えることを継続していくことで自らの診療技術を高めていけると考えています。現時点での課題は早々に手術,蹄病処置,繁殖技術などの個体診療技術を先輩獣医師や農家の皆さんの役に立てるよう習得し,それと平衡しながら生産獣医療の知識も学んでいかなければならないと強く感じます。そして就職して現場の雰囲気が分かりだしてからすばらしいと感動したことが人間関係です。知識や技術も少ない私に暖かく接していただく農家の方の有難さとともに,1軒の農家には多くの様々な人たちが関わっていて,その人達の相互の協力もあって成り立っているんだという事も分かりました。今後は臨床獣医師として技術・知識や人間性を含めて農家の方から「先生」と呼ばれるよう,日々努力し楽しんで仕事をしていきたいと思います。