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〔家保のページ〕

「お鍋の美味しい季節となりました」

真庭家畜保健衛生所

 正月も過ぎ,晴れの国岡山もすっかり冬本番となり,だんだんお鍋の美味しい季節となりました。寒い冬,牛舎での仕事を終えて,家族団欒で囲む鍋は心も体も温まりますよね。
 鍋といえば,すき焼き,しゃぶしゃぶ,ちり鍋,寄せ鍋,おでん,水炊きと多くの種類がありますが,中でもちょっと贅沢な鍋といえば,風味豊かな霜降り和牛肉を使った「すき焼き」や「しゃぶしゃぶ」を,みなさんは思い浮かべるのではないでしょうか。


霜降り豊かな和牛肉を使ったすきやき

 今では誰もが口にすることのできる和牛肉も日本人の間で食べるようになったのは実は歴史がまだ浅く,明治以降になってからのことなのです。
 時は天武4年(西暦675年)に,天武天皇が仏教の普及や稲作の推進などの理由から,「肉食禁止令」を発令し,牛・馬・犬・猿・鶏の肉を食べることを禁止しました。以来,明治の始めまでの約1200年間にわたって肉食が禁止された時代が続いたのです。とはいっても,農作物を荒らすイノシシやタヌキ,鹿,熊,キジ,ウサギなどは含まれておらず,もっぱら薬用と称し滋養強壮として食べたり,農耕用の牛が死んだ後には,近所の人たちが集まってこっそり料理して食べたりもしていました。いずれにしても長い間食肉文化が途絶えてしまったのは事実です。
 牛肉が食べられるようになったのは明治5年,明治天皇が国民に肉食を促すため和牛の肉を食べてアピールしたのが事実上の解禁となりましたが,肉の消費量はなかなか伸びませんでした。その後,文明開化の波に乗って関東で「牛鍋」が,関西で「すき焼き」が流行し徐々に庶民にも浸透していきました。
 昭和に入ると,古くから「つる牛」と呼ばれる血縁関係の高い牛の系統造成に取り組んできた,岡山,島根,広島,鳥取,兵庫などの中国地方を中心に和牛の改良が進んでいきました。
 すなわち役牛としての和牛から,役・肉兼用の和牛として改良がなされ,その後増体と肉質を重視した食肉用の肉用種へと改良が進んでいきました。


フィリピンミンダナオ島で撮影した役牛

 昭和40年代の高度成長期に入る頃には牛の精液を凍結して保存する技術が確立し,それまで雄牛の生付けだったのがいつでもどこでも人工授精が可能になって飛躍的に日本全国で和牛が増えていきました。全国の和牛のルーツはここ中国地方にあるといえます。
 ちなみに昭和の名曲である坂本九の「上を向いてあるこう」はアメリカで「スキヤキ・ソング」というタイトルが名付けられ,ビルボードチャート1位を獲得した唯一の日本の歌となりました。
 現在でも岡山県,特に県の北部は基幹種雄牛を作出するなど日本有数の和牛の産地であることは言うまでもありません。岡山県の繁殖経営農家数は牛肉の自由化を期に年々減少の傾向にあり,10年前の平成8年には1595戸あった繁殖農家も現在では647戸と半分以下まで減少してしまいました。しかしながら繁殖牛頭数は平成15年まで減少の一途でしたが,近年の和牛価格の高騰や乳用牛を借腹としたETの活用により,ここ数年は毎年100頭ほどの増加がみられ,現在子牛を含めて7890頭が飼育されています。肥育牛頭数においては自由化の後も年々増加傾向にあり,県内で29,549頭が飼育されています(平成18年8月1日家保調べ)。
 また,最近では受精卵移植技術の進歩により育種価の高い和牛が数多く生産されるようになりました。平成18年9月〜11月に全農岡山総合家畜市場に出荷された子牛866頭を集計した結果をみても,ET産子はAI産子に比べ高い価格で取引されていることが分かります。

 本年10月11日〜14日には全国38道府県から出品する和牛の能力を競う「第9回全国和牛能力共進会」が鳥取県で開催されます。この共進会は5年に1度開催され,長年にわたる和牛改良の成果を競う和牛最大のイベントと言えます。現在,当家保管内でも和牛農家と関係機関が一致団結し,前回の岐阜全共を上回る上位入賞に向けた取り組みがなされているところです。
 このように農家等関係者の努力により日々和牛の改良が進み,美味しい霜降り豊かな和牛肉が皆さんの食卓にも上るようになりました。さあ,今夜は皆さん早く帰って鍋の準備を!!
 蛇足ですが,管内の特色としてジャージー牛肉は最高にまいう〜です。