岡山畜産便り96年5・6月号 家畜診療日記

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家畜診療日記

津山家畜診療所

主任 杉 山   定

 農業共済連の家畜診療所へ就職して10年になり,「十年一昔」といいますが,私にとって短いものでありました。
 農業共済連は,かねてから計画実施していた家畜診療所の統合を今年4月で全県下的に達成しました。 私は,家畜診療所の統合を期に,いま思っているがままのことを書いてみます。就職した年の夏の全職員研修会の時,先輩獣医師から「おい,仕事に慣れたか」と聞かれ,私は,共済には先輩思いの先輩がいるんだなと思い「まだまだですよ。とてもそんなに早く慣れませんよ」と答えました。すぐに返ってきた言葉は,「何を言よんなら,わしなんか就職した9月には1人勤務の診療所へ回されたぞ」でした。自分を基準に考えると「とんでもない話しだ。そんなこといまの自分にできる訳ない」と思いました。また,その当時の現場がそれだけ獣医師を必要にしていたのではないかと後になって考えました。これを思わせるようなことがもう一つあったと思います。私が新任農家研修で先輩の第四胃変位の手術を見学しにいった時,先輩が「6年も7年も大学にいって国家試験を失敗する者がおる。こっちの者は忙しゅうてかなわんがな」と言うキツイ一発でした。「自分です」と答えると,先輩は,ニカッと笑って「ガンバレよ」と一言。それから,就職して半年程たった夜間診療の時の畜主の話ですが,「先生ら,日曜日も夜も昼もないけえ大変じゃなあ,こうして来てくれるけえわしらあ助かるんじゃけど」と言われた。 新任の自分は,その時はじめて獣医師となった実感がわきあがってきたことを覚えています。しかし,言葉は,その当時の診療体制を一番に物語っているのではないかと思います。考えてみれば1人勤務の診療所であったなら,まかされた地区を一年中ほとんどすべて一人でこなさなければならないし,自分が病気になることはできないし,また,なったとしても動ける状態ならば仕事をせざるを得ない。家族を連れて旅行へもいけない。夜の晩酎も落ち着けない。などなど大動物の臨床獣医師が非常に苛酷な職業になっていたのではないかと考えれます。私は,幸いにもこのような状況におかれることなく,自分の周囲の皆様にお世話になって今日まで来ました。あらためて皆様に感謝する次第です。ここで,全県下の家畜診療所が統合して,日直・宿直制が充実しつつある現在において,完全OFFの時間が増えて労働条件が良くなっています。特に先輩方はそう感じられるでしょう。また,大所帯となった家畜診療所では,自分以外の診療やカルテを勉強する機会が増え,より充実した診療ができるのではないかと考えます。皆様には,往診距離の延長,今まで近くにいた獣医師が遠くなったなどの不安があるかも知れません。これらは,我々家畜診療所の獣医師が適切な対応をすることにより解消されることですので心配ないと思います。
 いま,農家も我々も厳しい現実に直面していますが,これから将来,もし我が子が「獣医師になりたい」と言った時「それなら,産業動物獣医になりなさい」と言ってやれる未来であって欲しいと願っています。