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県内の畜産関係者に今一番期待されている受精卵移植技術は,希望する性の産子を生産する技術,すなわち性判別技術であると思います。特に,酪農家にとっては高泌乳牛群の短期造成に欠かすことのできない技術です。センターで性判別する受精卵は,米国,カナダなどから数百万円で輸入した超高能力乳牛から採取したもので遺伝的能力は,世界のトップクラスであるといえます。また,2卵移植による双子生産ではフリーマーチンの防止が可能となるなど受精卵移植を畜産農家のみなさんに目に見えて有効な技術として認識していただく成果が性判別技術といえます。
総合畜産センターでは,この技術に平成5年度から取り組んでいますので,その現状についてお知らせします。
ひとくちに性判別と言ってもその方法には様々な種類があり,大きく2つに分けることができます。
a 精子による性判別技術
この方法は,精子をY精子(雄精子),X精子(雌精子)に分離し,精液の段階で性判別を行うものです。この方法が,もっとも理想的な方法ですが,現段階ではY精子,X精子に確実に分離する技術が確立されておらず,精液段階での性判別はできないとされているのが現状です。
s 受精卵による性判別技術
この技術,受精卵の段階で行う方法です。この方法のうち,最も判定確率の高いと言われているのがPCR(ポリメラーゼ・チェーン・リアクション)法です。PCR法は最近開発された方法で,当センターでもこの方法を利用した性判別技術に取り組んでいます。
性判別は,採取した受精卵を顕微鏡下で2つに分割し,一方を性判定するための材料として利用します。残りの一方は,性の判定までの数時間,炭酸ガス培養器で移植用の受精卵としてで培養しておきます。
性の判定は,分割して採取した材料の中から遺伝子を抽出し,電気泳動により識別します。下図のように雄の特異的なバンド模様と牛に共通なバンド模様の両方が検出されたものを雄とし,牛に共通なバンドのみが検出されたものを雌と判定します。
当センターでは,現在までに性の判別を171卵の受精卵で行い,164卵で性の判別に成功し,その内訳は雄と判定したものが72卵(44%),雌と判定したものが92卵(56%)の実績を得て(表1),PCR法による性判別技術は確立できたものと考えています。
表1 供試受精卵の性別成績供試受精卵 | 性判別成功卵 | 性判別成功卵のうち | |
---|---|---|---|
雄と判定 | 雌と判定 | ||
(%) | (%) | (%) | |
171 | 164 | 72 | 92 |
(96) | (44) | (56) |
また,性判別できた一部の受精卵を移植したところ,新鮮卵移植で42.0%,凍結卵移植で26.5%の受胎率が得られ(表2),新鮮,凍結卵移植併せて受胎していた30頭のうち現在までに29頭が分娩し,すべて判定どおりの子牛が得られています。この成果は,性判別技術の実用化に大きく貢献し,今年度から超高能力乳用牛の性判別受精卵譲渡を新鮮卵で実施することになり,現在までに7卵の譲渡を行ったところです。
今後は,分割方法や凍結方法などを改良して受胎率の向上を図るとともに,全県下的に野外移植試験を実施する計画にしており,今年度中に雌雄判別をした和牛卵を80頭に移植する予定です。
区 分 | 性 | 移植頭数 | 受胎頭数 | 受胎率(%) |
---|---|---|---|---|
新鮮卵 | 雄 | 21 | 8 | 38.1 |
雌 | 29 | 13 | 44.8 | |
計・平均 | 50 | 21 | 42.0 | |
凍結卵 | 雄 | 14 | 4 | 28.6 |
雌 | 20 | 5 | 25.0 | |
計・平均 | 34 | 9 | 26.5 |
(1)性判別卵の受胎性
性判別卵は,分割によるダメージを受けていること,並びに細胞の一部を取り出しているため細胞数が少なくなっていることから受胎率が低下していると考えられます。特に凍結卵は,凍結によるダメージも加わることから受胎率への影響は考慮しなければなりません。移植試験の結果でも,前述のように通常の受精卵移植に比べ若干の受胎率の低下が認められています。
しかし,今後性判別技術を本格的に実用化していくためには,性判別された受精卵の凍結保存技術の確立が不可欠です。このため,現在は受胎性を加味した性判別卵の凍結保存技術を研究しているところであり,近い将来凍結保存技術が確立されれば,雌雄判別された凍結受精卵の流通が主流になると思われます。
(2)性判別に必要な経費
現在行われている性判別技術は,前述したように受精卵の段階でしか行うことができないために,受精卵移植技術と組み合わせて行っていかなければなりません。したがって,受精卵採取経費に加えて性判別経費がかかります。また,性判別を行うために利用されているPCR法は特許が取得されているために,PCR法で使用する薬品等が高価なことから,受精卵1卵を性判別するのに薬品代だけで約10,000円程度かかります。これに受精卵採取経費を加えると性判別卵生産経費はかなり高額となります。
しかし,優秀な雌牛の後継牛を確保するために,今までのようにいつ生まれるかわからない雌子牛を待つことを考えれば,経費をかけてでも性判別すれば確実に後継牛が得られるこの技術は,極めて有益な技術ではないでしょうか。
おわりに
現在,性判別技術は着実に研究が進められ,本格的実用化までにあと少しのところまできています。当センターとしても早急に,一連の技術を確立し,効率的な改良技術として普及していきたいと考えています。