岡山畜産便り96年9月号 家畜診療日記“ヘタリ牛”は牛の現代病なのか

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家畜診療日記

“ヘタリ牛”は牛の現代病なのか

岡山県南部家畜診療所   
次 長 沖 田 詞 延

 今から約1,200年前の奈良時代,聖武天皇の即位と供に左大臣となった長屋王の屋敷跡が発掘調査された。驚くべきことに,すでにこの時代,牛乳を飲用し,チーズにも似たものも食していたのです。この歴史的ロマンの背景に,人と牛病との係わり合いが気になるのは私の職業病の一つでしょうか。
 NOSAI家畜診療所では毎朝,種々多彩な患畜診療依頼の電話が殺到しますが,「牛がヘタリました。」という内容には内心“ヒヤリ”とさせられます。
 牛が起立不能に陥るということは,一般的に廃用につながるケースが最も多いからです。
 NOSAI岡山では今年,死廃事故低減体制整備緊急対策事業(ちょっと堅すぎますかな?)として“なくそう産後の腰抜け”をスローガンにしてポスターを農家の方々に配布しております。その内容の概略とは,

  1. 急性低カルシウム(Ca)血症の予防,産前産後の飼養管理(Ca,ビタミン剤等の投与)
  2. 肝臓障害,脂肪肝の予防(乾乳期のボデーコンデション,肝蛭の駆除等)
  3. 牛床の整備(滑走転倒の防止,衛生面等)
  4. その他(削蹄の年2回実施,乳房炎予防等)であります。

 これらのことは,大半の畜主の方々は日常,特に注意を払われ管理されている事項ですが,依然として“ヘタリ牛”が減少していないのが現況です。
 この“ヘタリ牛”は牛の現代病なのでしょうか。寛政7年(1795)の古文書“衛藤師験家傅書”煩牛,産後の薬の事:には「子生れて跡の煩有り,はなかわきなどする事も有り,四肢すくむ事も有り,又ハ腰たたざる事も有り。」と記されています。その治療法は「かんぞふ,梅干の黒焼きニ味をくわへてぬる湯にてかふべし。」これは参考までに……。
 古文書の内容には,腰たたざる事の原因は記していませんが,古くからある現代病とも言え,現在では低Ca血症,蹄病〜関節尖,さらには骨折,脱臼等による運動機能不全など複雑な原因が考えられます。特に蹄疾患では最大の原因は削蹄などの護蹄管理失宜ですが,要因としてはビール粕,不良サイレージの多給による蹄角質軟化と高蛋白質,高炭水化物の多給と粗飼料不足によるルーメンアシドーシスによる蹄病,さらには関節炎に移行し起立不能状態に陥る危険があります。
 産後の低Ca血症によるものは秋の分娩期に多発すると言われ,分娩時のストレスも相互作用します。通常泌乳期のCa需要は骨からの再吸収と腸管からの吸収でまかなわれていますが,Ca給与は分娩2週間前に中止し,配合飼料を少しずつ与えながら,牛の状態によって分娩3日前から分娩直後の期間を選んで給与開始すると良いでしょう。
 特に乳熱に感受性の高い系統牛は予防的にビタミンD3の注射を受けると良いのですが,分娩前7日以前や,分娩前1日以内での投与はあまり効果なく,もし注射後7日以内に分娩の兆しがない様なら第2回目の注射を受けると良いでしょう。
 起立不能の治療を行なっても,ある程度の元気は回復するが全く起立しない牛,これを“ダウナー牛”と呼んでいます。実際には分娩麻酔からの継発がほとんどで,後肢等の筋肉,神経圧迫壊死によることが多い。この状態に陥ると,きめてとなる治療薬はほとんど無く柔らかい牛床で2〜4時間間隔で寝返りさせるなどの根気の看護が必要です。
 しかし,この状態が2週間以上も続くと残念ながら回復の可能性は極めて薄いものとなります。
 この昔から存在する現代病“腰たたざる牛”ヘタリ牛は日常の管理の蓄積により,かなりの頭数の牛達が予防出来ると信じています。
 前回の岡山中部家畜診療所長の記事をお読みになられたでしょうか。「酪農の経営安定は乳牛達の健康から。」を。