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牛核移植技術における最近の知見と将来展望

岡山県総合畜産センター
経営開発部先端技術科
野 上 與志郎

1.はじめに

 世界で初めて体細胞由来のクローン家畜として,羊の「ドリー」がイギリスのロスリン研究所のグループによって作出されたことが報道された。この研究が提示した重要な意義は,その供核細胞として乳腺由来の体細胞が用いられたことである。(図参照)従来から,動物の生殖細胞によるクローニングは,大学や国の研究機関において技術立証されていた。それまでの研究者間では,供核細胞となり得るとされていたのは,初期胚に由来し,培養条件下で未分化な状態で維持されている胚性幹細胞かそれに類似する胚性幹様細胞とされていた。クローン技術もこれら培養細胞株の樹立に主眼が置かれ,研究が進められてきた経緯がある。そういった意味で,この「ドリー」は,内外の研究者の常識を覆す重要な意味を持つクローン家畜といえる。

2.牛のクローン研究の最近の知見

 この「ドリー」の作出を契機に,国内でも体細胞を用いたクローン家畜の作出への研究が急速に進展することになる。その事例が,農水省畜産試験場と鹿児島県の共同研究による種雄牛の耳細胞を供核細胞としたクローン胚や,大分県畜産試験場の胎児腺維芽細胞や供核細胞としたクローン胚の移植による受胎例等である。現在,胚細胞由来のクローン産子は,国内で300頭以上が生産されているが,今年度中には体細胞由来のクローン産子の生産例がこれに加わることになろう。特に注目すべき点は,胚細胞を用いる場合のクローン胚の作出個数は20から30個に制約されるが,体細胞の場合は細胞培養系が樹立できれば無制限に近いクローン胚の作出が可能となることである。ここ数年で,体細胞由来クローン産子が飛躍的に増加することが予測されている。

3.牛のクローン研究の将来展望

 しかし,クローン研究にも解決すべき課題も多く残されている。技術的な面では,クローン胚の作出効率の改善である。現在の技術では,細胞融合後のクローン胚の融合率は60%程度で,桑実期〜胚盤胞への発育率も40%程度と低率であり,今後の研究成果が待たれている。また,クローン胚移植による受胎率も生体由来胚のそれと比較すると低い。将来的には,培養系の改善等によりクローン胚の品質向上が期待されるが,50%以上の高い受胎率が得られる胚の培養技術の確立が急務と言える。残された課題のうち,最も重要なものは,クローン産子の正常性や経済形質についての検討である。クローン産子の遺伝形質は,基本的には供核細胞に由来するとされているが,受核細胞であるが卵子細胞質に存在するミトコンドリアDNAの影響については明らかにされていない。更に,移植後の胎児への母胎効果が産子の斉一性に及ぼす影響も無視できない。これら,産子レベルでの検討は未だ手付かずの状態であり,県レベルでも早急な取り組みが必要と思われる。

4.おわりに

 クローン研究を取り巻く情勢は,急速に進展しており,今後は体細胞クローン牛を中心に研究が展開されると予想される。当センターでも,胚細胞由来クローン胚移植を既に実施中であり,4月からは体細胞クローン胚移植も計画している。平成12年には,第11回全日本ホルスタイン共進会が岡山県で開催されることになっており,外国導入した高能力乳用牛からの体細胞クローン牛群を展示し,クローン技術の有用性が実証できればと考えている。

図 体細胞と受精卵由来の胚細胞を用いた核移植法の違い
(第4回日本胚移植研究会・農水省畜試生殖工学研究室長 今井 裕の講演要旨より引用)