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家畜診療日誌

農業共済連岡山中部家畜診療所  
 日 下 知加久

 当診療所でもスタッフが5人から4人体制へと1人減で新年度がスタートした。これは廃業もしくは規模縮小(畜産情勢の低迷,畜主高齢化あるいは後継者不足に起因する)により家畜共済加入の減少が,直に反映された結果であろう。
 さて,外科的処置を必要とした2症例について紹介します。
 【症例1】先日の日直当番のことであった。X農家からの往診依頼で産前起立不能牛(4日前から起立不能で治癒見込みなくT獣医師が分娩誘発剤投与)が分娩を始めたが2〜3時間経過しても全く足も頭ものぞいてこないとのことである。早速往診し産道口より手を挿入したところ,“から子”の失位胎子(子頭側転,左前肢屈折)で生存も確認した。産道粘滑剤を注入し母牛の体位を変えたりしながら失位整復を試みるも“から子”の上,時間経過も長かったため整復は不可能であった。畜主に「腹を切ったほうが早いわ,そしたら子牛は助かるけん。」と告げ,早速帝王切開に取り掛かった。F1の雄子牛を無事出産させることができた。手術後,「苦労したけど子牛は助かったんじゃし雄じゃあるし高う売ってんよ。」「そりゃあ,もう。」と農家を後にした。後日,母牛は無事(?)廃用となり,子牛は順調に育ち育成農家へ引越して行った。
 後日,ある和牛農家に往診中,お産の話題となった。「牛でも帝王切開できるん,そんなことしてせわーないんかな。」と聞かれた。「過大子で大難産のやつなら無理して子牛をひっぱって親子もろともよりは帝王切開のほうが安全でな。」「あー,そーかな,よー知らなんだわ。」という会話があり大動物臨床での外科手術に対する農家の認識の低さを感じた。
 【症例2】Y農家から食欲不振,腹井膨満の搾乳牛の往診依頼があった。微熱(T39.2℃)ルーメン蠕動微弱・ガス充満,硬固糞少量の症状を呈し,消泡剤・消化促進剤等にて加療するも症状の改善認めず。N獣医師とともに金属製異物による腹膜炎を疑い仰臥保定にて開腹した。第一胃から第四胃にかけて広範囲に腹膜との癒着を認め剥離を試みたが第一胃と第二胃については困難であった。さらに,第一胃は泡沫性の鼓脹症であり,胃内容を除去後,異物を精査したが何も発見できず閉腹した。翌日より食意・元気ともに回復し,乳量も増え治癒転帰となった。これは,消化器は癒着部位が完全に剥離できていなくても,代償性に消化機能が回復したことによると考えられる。
 成書によると,牛では金属異物の採食により,第二胃さらには横隔膜に刺入し,創傷性胃・横隔膜炎を引き起こし,さらに急性または慢性に炎症病巣が拡大して広範な腹膜炎になるとある。しかし,開腹手術で金物異物を発見できない症例は,意外と多いようだ。
 今後,さらに畜産農家戸数・頭数ともに減少することが推測され,我々獣医師の1日の行動範囲もますます広がることが想定されるが,関係団体ならびに畜産農家の皆様にご協力をいただき,より効率の良い診療を心がけたいと考えます。
 また,暑い夏がやってくるであろう。暑さで牛がくたびれると臨床現場の獣医師もくたびれる。今年こそは,暑くても牛も馬も豚もみんな元気で過ごしてほしいものです。