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〔共済連便り〕

家畜診療日誌

農業共済連 岡山西南家畜診療所  
藤 井 多加治

 「今年の夏は特別蒸し暑いなぁ」とついこの間まで口癖のように言っていたのもすっかり忘れてしまいそうな心地よい季節になり,ピオーネや柿などのくだものに舌鼓している今日この頃,過去においしい物で牛が罹患した例をふと思い出したので紹介します。

〔症例−1〕私が阿新家畜診療所に勤務していた17年前のことです。新見市草間地区は桃の産地であり,桃の生産農家で飼養されている和牛は規格外の桃(いわゆるくず)をエサ(おやつ?)として与えており,いかにもおいしそうに食べるのです。そして人間が食べるよりも上手に種には果肉が殆どついていない状態にしてポロリと口から種を出すのを見て感心した記憶があります。
 さて,ある晩診療から帰って一休みしていると開業獣医師のA先生より,食堂梗塞で草間に来ているが,食道梗塞推送器で押しても何ともならんので応援に来てほしいとの連絡があり現場へ行ってみると牛の腹はガスで膨満となり苦悶しており,のどの部分はすでに腫れており,食道破裂を起こしていることは一目瞭然,A先生は食道推送器で押し込むことに神経が集中していたためかその間に起こっている現実が把握できていなかったらしく,腫れあがった食道部分を指さすと「ありぁ」と一瞬びっくりされた様子であった。A先生よりバトンタッチして,とりあえず第1胃のガスを抜き,口の中を覗いてみると桃が3分の1程度見えたので手を入れると指が触れるのですが硬いので潰せません。有鉤鉗子で桃を引いてみますが全く動きません。そうしているうちに牛の頚部はますます腫れ,ブーブーという異常な呼吸音に変わってきたのでA先生と畜主に相談し,廃用処分にしましたが運搬途中で死亡したとの連絡がはいり,廃用に踏み切るタイミングの難しさを教えられた1例でした。

〔症例−2〕飼料にしようとサツマイモのつるを置いていたが,和牛子牛が外に出て食べたらしく腹がはるという往診依頼があった。子牛の腹囲は膨満,流涎を呈しており顎から20pほど下部の食道が膨留し,触診すると硬い物に触れ,禀告からイモであろうと推察するが,まだ4ケ月未満の子牛なので食道推送器は使用できず,切開手術を実施することになり,鎮静剤(セラクタール)を注射し横臥保定して剃毛しようとしたところ,さっきまであった硬い物がなくなっていたのです。早々手術は中止,子牛が覚醒するのを待って少量の水を飲ませると,ちゃんと飲むではありませんか。獣医師としては大変格好の悪い事でしたが,手術しなくてなにより。鎮静剤の鎮痙作用によって食道が弛緩して梗塞がとれた1例です。
 おいしいものが沢山ある季節ですが,おいしいものには気をつけましょう。特に急いで食べないことです。よくかみしめて食べましょう。