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〔特集〕

「牛肉枝肉価格の動向と今後の肉牛肥育経営の課題」

   岡山大学 農学部 助教授 横溝 功

1.牛肉枝肉価格の動向 −グラフ−
 本稿では,わが国の主要な牛肉の枝肉価格として,和牛去勢のA5・A4・A3(歩留等級・肉質等級),乳用種去勢のB3・B2,交雑種去勢のB3・B2を取り上げ,図1のようなグラフを作成した。
 ちなみに,1995(平成7)年1年間における和牛去勢の枝肉に占めるA5・A4・A3のシェアは,それぞれ16.9%,24.2%,25.1%であり,合計すれば66.2%に上る。
 同様に,乳用種去勢の枝肉に占めるB3・B2のシェアは,22.3%,49.0%であり,合計すれば71.3%に上る。
 また,交雑種去勢の枝肉全体に占めるB3・B2のシェアは,35.1%,31.4%であり,合計すれば66.5%に上る。
 そして,国産の枝肉全体に占める和牛去勢の割合は25.3%,乳用種去勢の割合は27.9%,交雑種去勢の割合は5.2%であり,合計すれば58.4%と約6割をカバーしている。
 グラフは,1991(平成3)年4月から98(平成10)年3月までの7年間の月毎のデータをプロットしたものであり,データ数は84個(=7×12)になる。ただし,交雑種去勢については,93(平成5)年4月以降のデータしか得られなかったので,データ数は60個(=5×12)になる。
 なお,グラフの最下部に輸入牛肉の枝肉価格をプロットしている。輸入牛肉はわが国の場合,部分肉で入ってくるので,枝肉の価格を得ることは出来ない。そこで,部分肉のCIF価格(生鮮・冷蔵・冷凍の合計の1s当たり平均価格)を枝肉に換算するために,0.7を乗じた。そして,その換算された枝肉価格に,当該年度の関税率を乗じたものを,ここでは輸入牛肉の枝肉価格とした。

 グラフの動きを見ると,関税率の低下を受けて,輸入牛肉の枝肉価格が低下傾向にあることが分かる。それに呼応するように国産の枝肉価格が低下している。特に,去勢和牛A5の価格までも低下しているのである。
 しかし,96(平成8)年4月以降,国産牛肉の価格が微弱ながら上昇傾向に転じている。この背景には,狂牛病の影響で,消費が輸入牛肉から国産牛肉へシフトしたことがある。ただし,和牛去勢のA5では価格の回復が余り見られない。

 品種毎,歩留等級・肉質等級毎の枝肉価格の動きを見ると,和牛去勢A5,A4,A3の間で明確な格差が見られる。ただし,A5とA4の格差が減少していることが分かる。この背景には,不景気や綱紀粛正による社用や接待での会合の減少があると思われる。
 和牛去勢のA3と交雑種去勢のB3との間に,また,交雑種去勢のB3とB2との間に一定の格差が認められるが,交雑種去勢B2と乳用種去勢B3の価格が全く重なっていることは注目すべきである。交雑種肥育経営は,当然B3を目指すべきであるが,前述のように交雑種去勢の枝肉に占めるB3・B2のシェアは,35.1%,31.4%であり,B3だけを生産することは極めて難しい。
 乳用種去勢B2は,輸入牛肉の枝肉価格と同じ水準の時期と,乖離している時期が存在している。特に,96(平成8)年4月以降,両者の価格の間に明確な乖離が認められる。しかし,98年度に入って,B2の価格が暴落していることは周知の通りである。この背景には,@狂牛病という神風による神通力が効かなくなってきたことと,A所得の低迷が大きく影響していることが上げられる。乳用種去勢の場合,前述のように,枝肉に占めるB2のシェアは,49.0%と約5割にも上っていることに鑑みると,乳用種肥育経営は,今後のB2の動きを慎重に見守り,いかに経営展開するかが,重要な経営上の意思決定になる。

2.牛肉枝肉価格の動向 −需要関数計測−
 需要関数の計測に当たっての前提等は,表1の下に注記した通りである。重複するので,本稿では,計測結果の見方だけを説明する。
 需要関数は,線形のシンプルなモデルである。このモデルでは定数項を省いた。定数項を導入すると,所得の代理変数である家計消費支出の係数がマイナスになるなど,理論的に正しい結果が得られなかった為である。計測に当たっては,誤差項の系列相関が見られたので,最尤推定法を用いることにした。

表1 国産牛肉の需要関数の計測
被説明変数
説明変数
決定係数DW比
牛肉(和牛)生産量 牛肉(乳牛)生産量 牛肉(その他)生産量 家計消費支出 輸入牛肉枝肉価格 狂牛病ダミー

去勢和牛

枝肉価格(A-5)

0.0032 10

(0.0020)

   

0.0208**

(0.0010)

0.8809**

(0.1460)

-168.51**

(41.11)

0.7504

2.2657

去勢和牛

枝肉価格(A-4)

0.0026

(0.0022)

   

0.0126**

(0.0010)

1.1718**

(0.1351)

11.395

(38.00)

0.7206

2.2748

去勢和牛

枝肉価格(A-3)

0.0017

(0.0020)

   

0.0099**

(0.0008)

0.9326**

(0.1064)

125.01**

(29.83)

0.6602

2.1601

乳用肥育去勢牛

枝肉価格(B-3)

 

0.0041 10

(0.0026)

 

0.0036**

(0.0008)

0.8214**

(0.0663)

90.661**

(21.253)

0.7461

1.9198

乳用肥育去勢牛

枝肉価格(B-2)

 

0.0035

(0.0026)

 

0.0029**

(0.0008)

0.5682**

(0.0869)

104.81**

(25.79)

0.6955

2.2638

交雑種去勢牛

枝肉価格(B-3)

   

0.0268

(0.0468)

0.0111**

(0.0014)

0.1761

(0.2645)

134.47**

(24.34)

0.6138

2.1244

交雑種去勢牛

枝肉価格(B-2)

   

0.0035

(0.0379)

0.0052**

(0.0011)

0.7150**

(0.2144)

79.677**

(19.623)

0.4578

2.1336

注1)需要関数の計測期間は,1991年4月から1998年3月までの7年間(84ヵ月)。

   ただし,交雑種去勢牛は,1993年4月から1998年3月までの5年間(60ヵ月)。

 2)被説明変数の国産牛肉の枝肉価格のデータは,季節変動を除去した値。

 3)説明変数の家計消費支出・輸入牛肉の部分肉価格のデータは,季節変動を除去した値。

 4)輸入牛肉の枝肉価格は,以下の式によって求めた。

CIF=輸入価格(生産・冷蔵・冷凍の合計の1kg当たり平均価格)

輸入牛肉の枝肉価格=CIF×0.7(枝肉換算)×関税率

 5)狂牛病ダミーは,1996年4月から1998年3月までの2年間。

 6)需要関数の計測には,最尤推定法を用いた。

 7)説明変数の列の上段の数値は,パラメータの計測結果を表す。

 8)説明変数の列の下段の( )内の数値は,パラメータの標準誤差を表す。

 9)パラメータの計測結果の右の記号の”**”は,t検定の1%水準で有意であることを表す。

 パラメータの計測結果の右の記号の”10”は,t検定の10%水準で有意であることを表す。

10)決定係数は,自由度修正済の決定係数の数値を表す。

 それぞれの牛肉の枝肉価格と枝肉生産量との間で有意な係数を求めることができなかった。また,理論的には,係数の値がマイナスになるのであるが,すべてプラスの値であった。この背景には,その間,それぞれの枝肉生産量が減少しているにも関わらず,すべての枝肉価格が91年4月から95年3月まで低下傾向にあったことによる。
 これは,重要なことを示唆している。すなわち,98年度に入り,乳用種去勢のB2価格において,枝肉生産量の減少にも関わらず暴落していることが,まさしく,この需要関数の計測結果と符合しているからである。

 所得の代理変数である家計消費支出の係数は,すべてプラスと理論的に正しい値をとっている。そして,1%水準のt検定で有意であった。それ故,この値が大きいほど,枝肉価格が家計消費支出によって大きな影響を受けることになる。例えば,和牛去勢のA5の場合,1カ月の家計消費支出が1万円増えると,和牛去勢A5の需要が増えて,枝肉価格が208円高くなることを意味している。
 同様に,和牛去勢A4,A3もそれぞれ126円,99円高くなり,乳用種去勢B3,B2はそれぞれ36円,29円と高くなる。そして,交雑種去勢B3,B2はそれぞれ111円,52円高くなる。
 逆に,所得が下がった場合の枝肉価格への影響は,それぞれ上述の金額だけ下落するのである。

 輸入枝肉価格の係数は,すべてプラスとなっている。そして,交雑種去勢B3以外は,1%水準のt検定で有意であった。これは,輸入牛肉の枝肉価格の下落が,交雑種去勢B3以外のそれぞれの枝肉価格の下落をもたらすことを意味している。例えば,輸入牛肉価格が1s当たり1円下がれば,和牛去勢A5は0.8809円下がることを意味している。
 同様に,和牛去勢A4,A3もそれぞれ1.1718円,0.9326円下がり,乳用種去勢B3,B2はそれぞれ0.8214円,0.5682円下がることになる。そして,交雑種去勢B2は0.715円下がる。
 交雑種去勢のB3で係数が有意でなかったのは,グラフでも分かるように,見かけ上,93年4月から98年3月まで,輸入牛肉の価格が下落しているにも関わらず,ほぼ同じ水準を維持していたからである。

 狂牛病ダミーは,1996(平成8)年4月から1998(平成10)年3月までの2年間に,値1をダミー変数として導入したものである。去勢和牛A5だけがマイナスの値であり,その他はすべてプラスの値であった。しかし,去勢和牛A4の係数はt検定で有意な値ではなかった。従って,狂牛病の影響は,国産牛肉の上物にはプラスに働かなかったことが分かる。

3.今後の肉牛肥育経営の課題
 以上のグラフと需要関数を併せて考慮すると,狂牛病の影響で,96年度と97年度に輸入牛肉の枝肉価格と,国産牛肉の枝肉価格との間で若干の乖離が見られたが,大きなトレンドで見れば両者の間で高い相関があるものと考えられる。従って,2000年に向けての年々の関税率の引き下げは,輸入牛肉枝肉価格の下落につながり,そのことによって,国産牛肉の価格下落をもたらすことが予想される。ただし,輸入牛肉のCIF価格は,為替相場によって影響を受けるため,最近の円安傾向はCIF価格を高めることになる。この点は,充分に留意する必要がある。
 肉牛肥育経営の収益性を考えた場合,単に,枝肉価格だけではなく,その原料となる素牛価格との差益を考慮する必要がある。この素牛価格も考慮した収益性については,別稿で議論したい。さらには,購入飼料のTDN1s当たり単価も考慮する必要がある。
 何れにしても,今後の肉牛肥育経営の課題としては,@資金繰り面からも預託牛をできるだけ自己牛に切り替えること,A付加価値を内部化するために,乳用種・交雑種では,哺育から肥育までの一貫に切り替えること,B乳用種から交雑種に切り替える場合には,B3を目指すことが挙げられる。