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〔特集〕

「最近の酪農経営を考える」

全酪連大阪支所 次長 大木 満博

1.酪農家と勤労者
 図1は全国8千戸余りの担い手農家の経営部門別所得の比較である。稲作を始めとしてほとんどの農業部門で年ごとに所得が減少している。しかし,酪農部門においては年間所得が700万円と安定的に推移しており,97年度は最も高所得部門となっている。
 この背景には生産者乳価が飲用向,加工向けとも値下がり傾向にある反面,飼料価格の低位安定,搾乳牛一頭当りの乳量が着実に増加していることにあると思われる。
 また,年間所得が700万円であることは農水省の生乳生産費調査(図2)で調査全農家平均で搾乳牛一頭あたりの年間所得が約23万円であり,一戸の経産牛頭数が33頭であるため,700万の所得は平均的経営な酪農家と言える。 一方,サラリーマンである一般勤労者所得は約670万円で30頭規模の酪農家とほぼ同等である。こう書くと我々酪農家は毎日休みなく働いているとの反発もあろうが,年間労働時間を比較してみると勤労者が1,980時間,北海道を除く酪農家が2,140時間となっている。勤労者はいわゆる所定内労働時間であり,残業・休日出勤を含めれば酪農家と差がない現状となる。ただ,酪農家は一日全休が取りにくい,季節により時間差が大きいことが現実であり条件は同様とは言えないのは事実である。
 しかし,酪農家は小さいながら経営者としての一面をもっており,ある程度の自由はあるのに対し,サラリーマンはノルマに追われ,上司からは管理され,部下後輩からは突き上げられ,精神的負担は大きい。また,最近はリストラに名を借りた雇用不安もあり,業績が良くない会社に雇用されているサラリーマンはストレスが更に大きくなっている。
 その面で酪農家が自分なりの目標や将来展望の中で,自らの創意工夫を発揮して自分の経営を少しずつ改善していくことが出来ることは大変やりがいのあることだと感じる。
 自分の酪農経営を少しずつでも改善することは,まず,自分の経営を客観的に見つめ直すことが必要である。そのためには,自分の経営と他人の経営を比較し,自分の現在やっていることとの差(良い面も悪い面も)を実感することが第一に求められる。積極的に外に出て酪農家に限らず多くの経営を視察研修し,その経営で参考になる点を抜き出す。その経験から自分が目指す経営像を作り上げて行く行動を起こすべきである。
 最近の酪農家は昔に比べて時間的・精神的にも余裕がなく自分以外の経営を真剣に研修する機会が減ってきているのではないかと心配している。全酪連にも他県の優良農家の視察紹介依頼が,続々と来て県推進担当が悲鳴を上げているが,内容を聞いてみると観光の寄り道としての視察が多く,実際に自分の経営に役立ててやろうとの意気込みが感じ取れないとの報告がある。視察研修は現在の経営が立地している場所に近いところの経営が本来もっとも参考になるはずで,近くの経営は隅から隅まで分かっていると思っていても実際は思い込みであったことも多いはずである。その意味で自分の近くの経営がどんなことを行っているか再確認することを提案したい。

2.生乳生産コスト低減
 現在,今年3月に定められた「新たな酪農乳業対策大綱」に基づき市場原理を導入した価格政策,食料自給率の向上,日本型畜産経営継承システムの構築などが2001年の実施を目標に急ピッチで検討されている。
 平成8年に定められた第3次酪農基本方針は平成17年度(2005年)を目標年度に国内生乳生産量を1,010万トン,生産コストを基準年(平成5年度)の70〜80%として設定されている。ただ,飲用向けについては輸入品との競合が考えられないので,生産コストの低減は加工原料乳が中心になってくる。加工原料乳は平成5年の基準取引価格が65.3円/sであるので,その70〜80%は45.6〜52.2円/sのレベルとなる。平成11年度の基準取引価格62.56円/sとの差は10〜17円/sのコスト低減が必要になってくる。
 このコスト低減を搾乳牛一頭当りの乳量増加でカバーするとしたら,1頭当り1,000〜2,000s/年の乳量増加が必要になる。最近の飼養管理技術の進歩及び一頭当りの搾乳量の増加傾向を考えると,相当な努力はいるが不可能な目標ではないと思える。
 図3は乳製品コストの国際比較を原料乳代と製造販売コストに区分したものであるが,原料乳代で日本はEUの2.3倍,豪州の3.5倍であり,製造販売コストは海外の3〜5倍となっている。
 日本が酪農部門で目標としているEUは共通農業政策で2005年から3ヵ年で乳製品価格を現行水準の15%引き下げを決定している。したがって,原料乳代で約4円/s引き下げを行うが,農家の所得減を補填するため直接支払いを実施し,農家の実質手取りは約1円/sの減少にとどまる見込みである。
 わが国でも今年度の加工原料乳の保証価格決定時に,従来保証価格に上乗せされていた2円/sが土地利用型酪農推進事業として2.79円に上積みされ対策費として支出されることとなった。今後も同様な形で直接支払いが増えてくるものと思われる。
 しかし,平成5年の70〜80%のコスト低減に相当する10〜17円/sをすべて直接支払いでカバーするとしたら搾乳牛一頭当り7〜12万円の額になり,財源の確保が仮に可能としても,ただ農家の所得減を補填するだけの理由では無理があり,環境美化・保全の名目が必要になってくる。その意味で自給粗飼料の増産が前提として重要視されることになる。