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〔話題〕

シェフケ・ダンカースさんのこと

総合畜産センター 栗木 隆吉

 まず,写真1をご覧いただきたい。真ん中のヒゲ面の大男,彼は名前をシェフケ・ダンカースという。オランダ人である。今は,大阪は枚方市に住んでいる。日本に来て,早15年がたつ。しかし,日本語はあまり上手でない(悪口を言われたら分かるらしい)。

写真1 左から田中さん,ダンカースさん,古好所長

 彼はドイツの食肉加工マイスターの資格を持っている。「マイスター」とは,日本語では「親方」と訳したらよいか,この資格がないと弟子を取ることができない。すなわち,人に技術を教える能力を有している証なのだ。さて,日本での彼の仕事は,ヨーロッパの本格的な食肉加工技術を国内に広めることだ。奥さんのマルガリータさん(名前も雰囲気も陽気なイタリア人という感じだが,本当は彼女もオランダ人。ダンナより上手な関西弁をしゃべる)と田中さん,井上さんの4人で「ダンカースアンドカンパニー」という会社を作って,全国を股に掛けて食肉加工関係の技術指導を行っている。そのため,牧方の事務所に電話してもほとんど捕まらない。

 私が彼と知り合ったのは,8年前,彼が企画した食肉加工のヨーロッパツアーに私が参加したのがきっかけである。その翌春,当センターでは念願の畜産物に関する加工技術の研究会を設立した。その記念の講演会に講師として彼を招いた。それから,毎年1,2回,研究会などで彼の実地指導を受けるようになった。早いもので,もう7年になる。研修会での彼の指導は徹底しており,時間の半分くらいは,原料肉の見分け方,さばき方である。生徒は日頃嫌というほど肉にさわっている研究会のメンバーであるが,それでも彼は譲らない。徹底して肉にこだわる。そして残りの半分の時間であっという間に数種類の加工品を作ってしまうのである。正直言って私にはついていけない。それが証拠に,研修会で彼に注意されるのは私ばかりだ。彼は製造実習のときオランダ名物の木靴をはく。木靴は滑らず,冷えず,作業には適していると彼はいう。注意するときは言葉でなく,この木靴をならす。コンクリートの床を「カコーン」とならす。緊張が走る瞬間だ。それでも,研究会のメンバーはみんな頑張っている。食肉加工品の国際コンクールで金メダルを取ったメンバーもいる。畜産の将来が不透明ななか,加工施設をスケールアップしたメンバーもいる。みんな一生懸命なんだ。彼にはそれが伝わるらしい。岡山へ来るのは楽しいという。来年は,みんなで加工品の新作発表会を開こうと相談している。何ができるか分からないが,自分たちで作ったものを岡山の皆さんに食べてもらいたい。これまで,ダンカースさんに教えてもらったことを生かして。

 さて,前置きが長くなった。実はこの8月,彼は再び岡山にやってきた。目的は二つあった。その一つは,高松農業高等学校の生徒に加工技術を教えるためだ。同校では地域の人たちとの交流を深める目的で,食肉加工の講習会を開いている。人に技術を教えるためには,自分たちがもっと勉強しなくてはいけないということで,夏休みを利用して2日間の実習を行うこととなった。場所は当センターの加工室である。中には肉をさわったことがないという生徒もおり,おまけに講師はヒゲ面の怪しげな(?)外国人ということもあってか,最初はぎこちなかった。しかし,自分たちで作ったソーセージを手にすると思わずにっこり(写真2,3)。試食では1ヶ月間分食い貯めするような勢いであった(ちょっとオーバーだが,彼らの食欲にはあきれた)。若い人たちを相手に食肉加工技術を教えることは,ダンカースさんにとって特別な意味がある。彼の夢は,日本にヨーロッパにあるような「食肉学校」を作り,若い技術者を育てることなのだ。日本の高校生は,ドイツでは見習い職人の年齢にあたる。だから,今回の研修は,親方(マイスター)が弟子に教えるような雰囲気があった。

写真2 豚腸にソーセージの生地を詰めてできあがった焼きソーセージ

 さて,もう一つの目的である。それは,一冊の本を総合畜産センターに贈るためだ。写真1をもう一度ご覧いただきたい。この本は,オランダ人のマーリー・フェリウスさんが書いた「Cattle Breed(牛の品種)」という題の本で,著者が自ら世界を回ってスケッチした牛の絵を挿し絵に使った貴重なものである。ダンカースさんと当センターとの7年間の交流を記念して贈りたいということだった。当センターに贈られたものではあるが,研究会のメンバーや岡山のいろいろな人たちとの交流が礎となっていることは間違えない。この本は,所長室の書棚に保管しているので,来所されることがあったら,是非ご覧いただきたい。
 今回は,岡山の皆さんにこのことをお伝えしたく筆をとりました。

写真3 できあがったソーセージを手に思わずニッコリ