家畜診療日誌

岡山西部家畜診療所阿新支所

江 草 佳 彦

 私の勤務している阿新支所の管轄は,新見市,大佐町,神郷町,哲西町,哲多町です。
 家畜共済加入農家数381戸(乳牛9戸250頭,和牛356戸1,650頭,肥育牛15戸1,250頭,種豚1戸 30頭)です。阿新地域は昔から和牛繁殖の盛んな地域で「千屋牛」の名前で全国的に知られており,前回の全国和牛能力共進会においても優秀な成績を収めています。
 家畜の診療は,嘱託獣医師数名と共済獣医師2人で行っています。
 乳牛が飼養されている地域は大佐町大井野と神郷町高瀬の中国山脈の裾野,県境の標高は約600m,夏は涼しく冬は寒く積雪多い山間地で夏場の熱射病とは無縁の地域です。
 和牛の診療は子牛の下痢に始まり,繁殖障害,難産,子牛の下痢に終わる。
 畜産農家をとりまく環境は厳しく,飼育者の高齢化,後継者と新規就農者の不在による農家数の減少,1頭当りの収益の減少により離農または多頭飼育農家への転換を余儀無くされている。現在も飼育されている農家の方々は,1頭の子牛をいかに病気等の事故が無く大事に飼育し高価で販売するかを試行錯誤している。
 和牛農家の収益は,例えば平成11年11月生まれの子牛が育成され平成12年8月頃より発情し12月頃授精を始める。平成13年3月頃妊娠確認9月頃めでたく分娩し親牛になる。その子牛は8ヶ月間飼育されて平成14年5月頃市場に出荷され価格が決まる。無事に経過して2年半のすえに収入が入ってくる。
 子牛の価格は,種雄牛,母系育種価,性別,時期,発育と体重によって大きく左右されている。阿新地域の子牛の価格は県平均より高価である。早くから肉質の良い但馬系の母牛の導入や今では当たり前となった発育の良い母牛(岡山系)に但馬系(家畜改良事業団)の種雄牛を交配する改良が行われている。そのため共進会の出品牛の多くがその傾向になり牛の体型も様変わりしている。
 10年前は,去勢牛より雌牛の子牛市場平均価格が高価であったが,現在は逆転している。
 1年間で子牛市場の平均価格が高い時期は,去勢牛はその牛が肥育され精肉となり需要が高い時期,雌牛は共進会の時期を逆算して出生した子牛が市場に出荷できた時である。
 1年1産を目指し分娩後70日前後で授精させ長い妊娠期間の後,生まれた子牛が下痢により体力の消耗で衰弱,発育不全や最悪の場合死亡に至るのを防ぐため農家は必死である。
 分娩前は牛舎と牛床の清掃,助産,牛舎内の保温,通気,換気と幼弱な子牛に少しでもストレスを与えないよう努力している。それ以上に白痢の防止対策として分娩前の母牛に大腸菌ワクチンを接種してその初乳中の抗体価を高めたり,初乳バンクという乳牛の余剰初乳を凍結保存したものを分娩時に解凍保温後,出生まもない子牛に給与する方法をとっている。また乳牛に大腸菌ワクチン接種し抗体価を高めた初乳もある。これらの方法は以前まで白痢の発生が,1〜2週間目で発生し難治性だったものが無症状になり,1ヶ月後に発生しても治療日数の短縮になっている。
 管内の大型牧場では例年白痢の発生がほぼ全頭,死亡事故約1割で,多くの防止策をしたが低減には至らなかった。しかし今年4月よりカウハッチを使用した早期離乳法を取り入れ現在まで事故率は0%である。分娩後初乳バンク乳を給与,3日間母牛と同居したのちカウハッチに移動して人工哺乳を行い2ヶ月で離乳している。カウハッチに移動することで牛床からの汚染から免れ,感染牛との接触が無くなり,清潔で均一なミルクの給与ができ,たとえ下痢が発生しても容易に薬の投与ができる。また人に馴れ管理しやすく発育も良好である。母牛は泌乳による体力の消耗と増し飼いが減少する。カウハッチによる早期離乳法は個々の農家で関係団体の支援により推進されているが,まだまだ課題は大きく小規模農家では不慣れなため戸惑い,コストや手間が掛かっている。母牛における繁殖障害(子宮の回復の遅れ等),栄養障害(過肥)の問題が出てきており,今後母牛の飼料設計を考え直す必要があると思われる。
 阿新の和牛農家は,兼業農家が多く,主な飼育管理者は高齢者や婦人の方々で牛に対し親牛を娘,子牛を孫の様に飼育している。失礼であるが孫に当る子牛が事故無く大事に飼育し,無事に市場や共進会で高い評価を受けたことで生きがいを感じておられる。その様な農家には私たち獣医師は行く機会が少ない。これからも長く飼育してもらいたいと共済獣医師一同感じています。