ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和24年11月

振り返り振り返り正しい道を

畜産課長 押野芳夫

 道路技師は最短距離で傾斜の緩かな,上質の良い所をトランシストやポーリングを以て測量する。然の距離や傾斜や地質が希望通りにならないときは所有科学と努力を以て無理な設計をするときもある。この場合技師と工夫の苦労は並大程のものではない,時には生命の危険さえも覚える。
 我々は日常何んの感じも無く歩いている通路はそう言う苦労と努力から出来ている,亦日本の如何なる山間僻地に行けども水利のある所谷と言い傾斜地と言い稲穂が黄色く秋風に靡いている,これを開いたのは鍬、鎌しか持たない我々の祖先である,今の入植者の苦労を目撃しこれを忍ぶときこれ等先達の労苦は想い半ばに過ぎるものがある。
 終戦後の畜産は多少インフレの波には乗ったが飼料難を克服し兎にも角にも一応戦前の線に到達しようとしている。其のやり方も多少変って来ているが大体に於て戦前と大差は無い,だが敗戦国の四つの小島に8千万の人口を抱えた日本に於てこれでよいであろうか? 一応振り返って見よう。
 農業は天地人の合作で植物質と動物質とを生産することである。この意味からいえば畜産は農業の片腕であって決してひげや口紅のようなものでは無い。
 2合7勺の米麦のみで生命を継ぐと思う人種ならいざ知らず文化人なら畜産と農業とを別途なものと思うものはあるまい。
 この理を農業人に望むと同様,或いはそれ以上に畜産人は理解しなければならない,家畜は土地を離れてはあり得ない。より多くより良い家畜を望むなら,先ずより良い牧野を望まなければならない,にも不拘我々はこの確得に余り努力していない,半才の努力と数日の秋の日を割いて共進会に愛畜を出品する者はあるが,愛畜のために赤クロバーを播種し,冬作の工夫をするものは少ない,路畔には家畜の食わない草が年々増え牧野はサルトリィバラの独壇場となっている,もう一度振り返って見よう。
 家畜の取引、畜産物の販売方法は古い慣習を一歩も出ておらず寧ろ昭和12年頃より退却している様に想える民主国建設の一つとして一昨年からテンヤワンヤの騒ぎでデッチ上げた農業協同組合は果して活用されているであろうか? そして農家の経済的団体として充分な機能を発揮しているであろうか? 農家は組合を無縁の長物視し,日本人独特の悪癖を出し遠吼えしているのではないだろうか? 独りさびしい想いで振り返る。
 振り返り振り返り正しい道の連絡が判ったら勇敢に工事を進めよう。例え危険をおぼえても細心の勇気を以てするならば前者のトンネルも前者の架橋も必ず完成されるであろう。明日の日本はこの労苦を越えてこそ生まれるのだ。