ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和24年12月

一閃

万輪田里生

 養鶏のことども(1)

○永い間岡山市の真中に居り,明け暮れ机とペンと,そして紙を友として暮してきたが,最近作北の地に移り遥か山都を眺めながら家畜を友として暮らすことになった。背広服にネクタイそして靴が,実習服にゲートルそして地下足袋に変った。

○本県の養鶏は戦前においては飼養羽数百数十万羽,孵卵業者数40数軒,毎月の鶏卵県外移出数量3万箱という盛況にあり,しかもその鶏卵は消費市場において高価に引張凧で迎えられ愛知,三重以西においては正に養鶏岡山を誇ったものであったことは我々の記憶に新しいことである。

○然し日華事変から太平洋戦争はこの養鶏を打砕き,終戦前後から1昨年頃迄は僅かに種鶏3万羽程度を尠い配給飼料によって漸く維持し得た実情であった。勿論これは単に本県のみのことではなかったが,時局の然らしむところ止むを得ないことであった。

○昨年頃から飼料の配給数量が少々上向となり,養鶏の復興は目覚ましいものがあるようになった。初生雛,中雛の希望乃至売行は相当数に上り,尚今後も一層増加のすう勢にあるのは本県養鶏の振興上まことに喜ばしいことであり,将来系統の優良な雛を広く普及して昔の養鶏岡山を早く再現したいものだ。

○前にも述べた様に,本県の鶏卵は品質がよく,荷造も優良で,以前自由販売時代には他県産より相当高価に取引されていたが,養鶏の縮少に伴い,特に箱詰として大量出荷する迄に到らず,又鶏卵の公が設定されていたために荷造した鶏卵の取引は殆んど行われなかった。

○鶏卵の公が撤廃せられ生産が増加して来たので,政府においては大都会の病人その他に対する特需卵の出荷を奨励し目下実施中であるが,これと同時に自由卵の取引も漸次増大してきた。特需卵の供出制度はやがて廃止されるかも知れないが,自由卵の取引は鶏卵生産の増加と共に進展のすう勢に向うものと予想せられ,春期多産の時期などには入札制度も考慮される時期がやがて来るのではなかろうか。

○かような事情になると,鶏卵そのものの優良なことが必要なことは申す迄もないが,荷造の完全なること…貨車で1晩,2晩輸送しても破卵が出ない荷造…これが最も必要である。折角努力して新鮮なよい卵をつくっても輸送途中において多量の破卵を出すようでは何もならない。養鶏技師の研究と同時に完全な荷造の研究を充分に行い,これを実行することが焦眉の急務と思う。消費市場の問屋に行った卵を開箱して見るとよく20−30と割れて中味は既になく,甚だしきは縄掛けしてある箱の外迄卵液が垂れているのがあるがこれでは台なしだ。

○ひるがえって本県の出荷鶏卵の状況はどうであろうか。残念ながら概して良好と申し兼ねる実情にある。即ち(1)箱がよくないこと(2)籾殻の少ないこと(3)押圧の充分でないこと…がとり上げられる。将来はこれ等の点によく注意しよく研究して,完全な荷造をすることが結局養鶏家自身の採算に好結果をもたらすことを充分認識すべきではなかろうか。

○鶏卵の生産増加と共に取引は以前に還り,結局は鶏卵箱のレッテルのマークによって取引される時期が間近に迫っている。県下養鶏関係者が一丸になってこの荷造の研究をなすことが本県養鶏界に課せられた緊急問題と思う。

○よい卵に完全な荷造…これこそ鬼に金棒だ。目前の小利益に促われることなく完全な荷造が,自己の生産卵を最も高価に販売する所以であることを銘記し,速やかにこの金棒を準備せられよ!(24・11・4)