ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和24年12月

私の乳牛観

苫田郡 小川一郎

 食糧の輸入が増進して来た今日米麦の増産は日本農業に於ける基盤であることは何等疑う余地はない。然し将来に於ける農家経済と現在の農家の食生活の有様を思う時,米麦の生産のみに専心している訳には行かない。今後の農業経営はどうしても多角化,集約化されなければならないと言われているのに,米麦作の如き労多くして収入少なき原始的,粗放経営では農家はとても食って行けそうにない。どうしても畜産の如き手にかかる集約経営を取り入れて合理化を図らなければならない。
一般に集約経営と言えば蔬菜,果樹,特用作物があげられるが,これらの中輸出に向くものは十分研究の上増産すべきであるが,そうでないものは農家が誰でも矢鱈にやったのでは自滅の外はない。処が畜産は一寸これらと趣を異にしている。大体に於て幾ら増産しても行き詰まることはない。それは日本人の日常の食物のとり方を調べて見れば次表により直ちに了解出来ることと思う。

成人男子の1日の栄養の標準及び実態調査表

成人男子必要量 乾物量 蛋白質 脂肪 炭水化物 無機質 熱量
植物性 動物性
標準量 600g 60g 20g
520g
2,400cal
給料生活者の実態 632g 50g 20g 21g 512g 29g 2,578cal
農業男子の実態 811g 85g 13g 18g 658g 37g 3,265cal

 即ち日本人は一般に蛋白質が不足して居り,殊に農業者に於ては動物蛋白質が必要量の半分程度であることが分る。やむなくこの不足を米の蛋白質で補っている。だから米を一日5合以上も食いその結果,農村人は胃拡張が普通となり,胃腸病患者が多い。尤もこれらの原因として他に農耕作業による過労がある。今までの農耕法は余りにも勤労第一主義もあるが,今はこれにはふれないで体力の乏しいものにはとても耐えられない。農村生活を明るい文化的,享楽的なものにするためにはも少し機械的,能率的方法が取り入れられなければならいが,これについては後日検討することとして栄養改善について更に筆を進めたい。
 農村では力仕事をする時には腹一杯食わなければ力が出ない等と言って青年の剛力者は日に1升飯を食う。これはほめた話でなく胃拡張の標本で,動物質の不足を物語るものだ。
 我々農民は食生活の合理化を図らんとすれば先ず米の過食を整え動物蛋白質を2倍に増加する必要がある。
 さてこの不足している動物食品たる魚肉類を農家が購入することは過去に於ても殆んど満足には出来なかったのだが,将来と雖も一般には容易に許されるべくもないと思う。然らばどうするか。可能な道は唯々之を何とかして自給を図る外はないのである。ただし本県南部地方の如く富裕な農村は別でこれは中部以北のことだが。
 さて,ここで1日20gの蛋白質を畜産物で摂取するとすれば,次表の結果が出て来る。

  蛋白質成分 1日20gの蛋白質補給に要す量 同左1人1ヶ年の数量 同左時価
牛肉 20% 100g 37kg 100匁150円  14,790円
豚肉 15% 133g 49kg 100匁150円  19,590円
鶏肉 17% 111g 41kg(約50個分) 100匁150円  16,400円
鶏卵 13% 154g(2.8ヶ) 1,022個 1個15円 15,300円
牛乳 3.3% 600g(3.2合) 1石168合 1合10円 11,680円

 上表中最下段の時価を見ると牛乳が最も安く,豚肉が最も高い。
 処でこの中農家が自家処理をするとした場合,牛,豚の如きは現状では実行が出来ない。次に鶏肉は処理が最も手頃であるが1人年50羽ではこれのみには依存出来ない。鶏卵は価格は安価でないが1人年6.4羽,7人家族で約40羽あればよいことになり,この程度の羽数であれば飼料の確保も努力次第でやれると思う。先ず可能性のある対象である。残るのは牛乳で,これが最も可能性が強い様に思う。
 大人,子供平均1日2.5合として7人家族で1升8合で足りる。この時価は1日180円でえらい高価だが,農家の生産費は1升20−30円位のものでしょう。乳牛を飼っていないのではっきりは分からないが,公が1升40円だから大概そんなものだ。そうすれば1日54円で済むことになる。
 魚の場合を計算して見ると,1人1日20gの蛋白質補給のため約40匁を必要とする様だが,7人家族の場合(魚100匁25円)1日70円位につくので矢張り牛乳の自家利用が最も安価であることが理解されると思う。
 さて次は乳牛を飼うとした場合の飼料の問題である。近々米麦の搗精歩合も引き下げられ,小麦粉も白くなることが決定されたので,配給飼料も45割増加されることになろう。然しこれだけではまだまだ不足している。結局自給飼料の増産である。この10年間に於ける畜産指導の根本思想は要するに飼料の自給増産だった。これの最も可能性のあるのは牛だけで,はっきり言えば鶏も豚も農家では不可能だと断言します。それは牛は粗飼料,つまり繊維を消化する力を持っているからで,このことが乳牛の飼料問題で最大の強みである。水田裏作の徹底的な研究,作物の茎葉類の完全利用,唯今問題の甘藷の飼料への転化等,飼料対策は幾らでもある。
 私は唯今では乳牛は飼育してはいないが,近い内に山羊を廃して之に代えたいと思っている。山羊はどうも年間搾乳が出来ないのが欠点だ。これでは自給蛋白源には一寸不適当だ。
 最後に私の希望する乳牛の性格にふれて見たい。私は乳の自家用を第1の目標とする関係から能力はそう高くなくてもよい,只ホルスタインよりか幾分飼料と管理が粗末でも耐えられるものがよい。第2に体型は和牛より余り大きくないものがよい。それは役利用を兼ねる為である。言わば和牛と乳牛の中間的な性格のものが欲しい。

 県や政府の機関に於て早く私の希望する様な日本独特な新品種を作出して貰いたいものだ。それは決して私のみの希いではなく,今後の有畜農業の発達を図る為には新しく考えて行かなければならない一つの重要な課題だと思っています。