ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年1月

家畜共済の現況

みむら生

 私は,「今年は家畜共済における最良の年」であると思う。創刊号においては,家畜共済の必要性を共済と保険という基礎に立って抽象的に考えてみた。然し,私達が今日まで度々の法の改正によって各地を廻ったとき感ずることは,この事業の主旨が,一般的に関係者に正しく,しっかりと浸透していないということである。まして一般の農家は殆んど無関心であるといってよい。供米と税金には敏感すぎる位であっても,農業経営の安定,向上という方面には積極的な熱意がみうけられない。敗戦後の混乱も一応落ちつきかかった今日,我国農業にとって本年が極めて重大な年であることは各方面で異存のないところであろう。或る新聞に次のようなことが書かれていた。
 輸入食糧の増加,低米価,金づまり,など農業をめぐる悪条件のもとで,恐慌対策を真剣に考えている所は少い。農業は他の産業と異り急激の兆しはあらわれない。自給自定性が強く,労働賃金の近代化ができていない農村では,自分の生活程度を落し,出せる丈の力をもって窮迫に耐えてゆく。この様に恐慌は農村の中で慢性的に内攻する可能性が強いから表面にあらわれてくる現象で対策を立てようとすれば時期がおくれる恐れがある。故に総合的な農業対策を出来るだけ早く立てねばならない。この対策をきめる前提として十分見極めておく二つの問題がある。一つは農民の自営的性格と協同組合運動との矛盾をどうするかということ,いま一つは,日本の農業と他の産業とのつり合いをどの程度のものにするかということであること,然し乍ら,こういう問題は,日本経済そのものの安定と関連しているのではっきりした予想計画を立てることはむつかしい。しかし一層深刻で,その解決を迫られているものは農民の自営性の問題である。今日農協不振の声の多くは,農民の中に根強く腰を据えている自営性とか,個人主義とかいうものが,最大の原因ではあるまいか。私は昭和5,6年当時の農村不況の実相は知らない,農業災害によって田畑を売り,離村して行った悲惨な事例がたくさん伝えられている。農地改革により,自作自営農民自らの力で経営を維持して行かねばならない事も当然である。牛価は一頃より多少下って来た事も事実である。然し,今後の農業経営の上に,家畜がより一層その必要性をおびることは,今日では農民の常識となっている。家畜の死亡廃用,疾病傷害等による事故が,農家経済にさしたる痛傷を与えないとすれば,この制度の存在の意味がない。勿論中には,そういう人もあろうが,又,僅かな共済掛金にも退儀な人も多いのが今日の情勢ではないだろうか。私達が各地へ廻って一様に感ずるのは,「自分は長年牛を飼って来たが,未だ一度も死んだことはない」とか,「万一死んだら災難と諦らめねば仕方がない」と,こんな気持がひそんでいる様に感じられる。成程,牛は今日では,農家の最大の財産であり,農業経営上欠くことのできない大切な生き物であるから,その飼養管理については,時には,我が子同様に面倒をみることも事実である。従って,年々そう事故が起こる筈はない,否その方が望ましい。が,私の所へ集ってくる資料では,結果的に毎年,牛では,100頭中,1頭乃至2頭の事故が出ているのである。
 そして,その事故も畜主の或はその家族の些細な不注意から常識で信じられないような事故となっているものもある。共済では,8,90年に一度の事故が普通とされている。だから,かかる農宝を単に「死なない」或は「あきらめる」という気持で傍観することは,危険な,誤った考えであり,この制度の「共済」という根底を無視するものであると思う。農業経営という要素を真剣に考えねばならないとき,経営の安定ということは最も重要な事であり,それは,家畜の補償が,第一の鍵であると思う。而も,相互扶助の共済制度では,この家畜共済が総ての政党政派を超越して,全面的に賛成した経緯からみて,この事業の急速な進展の必要を痛感する次第である。家畜共済は法律の制定当時は自由加入であった。そして,昭和4年家畜保険法が出来てより長年の歴史を経た上の発展的制度改正であったが,当初組合の設立,農作物共済関係の事業に忙殺されて,任意加入である家畜共済は,なおざりにされた憾みがあった。今日では,約2万頭の加入を得,其後漸次増加のすう勢にあるが,旧法当時の7万頭に比較すれば,はるかに程遠い感が深い。
 そこで,家畜共済も法的に強制加入制を全国的に要望して来たのである。然し,今日の一般的な行き方からすれば,強制ということはあくまで避けるべきであり,比較的危険分散の良好なこの種の事業では,関係者の努力と農民の理解によって,達成される筈であるので,私はむしろこのままで必ず目的が達成される時が来,そして,そこに真に農民の理解に立った家畜共済が生れるものと信じている。昭和24年6月8日公布された法律の一部改正の要旨は,

一.「農作物の耕作者又は養蚕の業務を営む者は,総会に於てその旨議決したときは,命令 で定める場合を除きその所有又は管理する出生後第5月の月の末日を経過し12才以下の牛及び明け2才以上16才以下の馬を死亡廃用共済に付さなければならない」
ということであった。この制度制定の主旨は,

 1.農家負担の軽減という観点から牛馬の死亡率は共済の対象となるものが増加するにつれて減少する。これは,当初,加入の少い場合は比較的弱体のものが加入するが,有資格家畜の大部分が加入するようになるとその本来あるべき死亡率に接近するためと思われる。この意味から有資格家畜の全加入を実現することは,すなわち農家の負担を軽減できる理由となる。かかる合理的な方法による農家負担の軽減が第1の理由である。

 2.損害の防止という面から考えると,一部の調査であるが,家畜保険の実績から発病後1回の診療も受けないで死亡するものが事故頭数の18%に達している。又発病から転帰までの日数は平均約7日であるが発病後初診までの平均は約3日を要している。又診療回数は約2回にすぎない。このような事実は適当な対策をもってすれば,家畜の疾病傷害等による損害を軽減する余地が多分に残されているわけである。これが疾病傷害共済を実施する理由であって,できるだけ低廉な負担をもって容易に診療を受けられるような体制に導くことを目的とする。有畜農家にあまねくこの利益を与え損害防止に資することが法制定の第2の理由である。

 3.畜産資源の確保という点からは,最近の農林統計によると毎年約7,8万頭の牛馬が斃死している。これによると年々数万の農家は有畜農家から一時的にもせよ無畜農家に転落しているものと考えなければならない。問題はこれが一時的の現象であって,それらの農家は必ず再び家畜を導入し得る余力をもっているか否かということである。増殖計画の根底はいうまでもなく現在の資源を確保するところにあらねばならぬ。年々数万の転落無畜農家を確実に防止することは,最も手っとり早く又,最も経済的な増殖計画の実行に外ならない。これが法制定の第3の理由である。

 以上,3つの理由により,総会の決議によって農家の牛馬が死亡廃用共済に加入の義務が成立することとなった。この加入の義務は,前提として総会の決議を要するので総組合員の半数以上が出席し,その議決権の3分の2以上の多数によることになっている。然し総会の招集は実際には仲々むつかしいので書面で予め通知した事項を決議し(この際出席者とみなされる)実際に出席される人はごく僅少でいいことになっている。これがため総会の通知と,決議事項を回覧し,夫々連名にて署名捺印するようになるだろう。この牛馬の一斉加入の問題は,本事業の飛躍的発展と深い関係をもち,最も重要な意味をもつもので,既に昨年より関係者と度々協議し,末端への趣旨の徹底を計ってきたわけである。
 現在県下,中北部では,組合数の約7,8割が決議の見込であり,南部ではこの1月末迄に5割以上完了の予定である。ちなみに,一斉加入による掛金の低減は

 乳牛 4.0% が 3.2%に
 一般牛1.1% が 0.8%に
       又は 0.9%

なり,共済金額10,000円のとき

 乳牛 400円が320円
 一般牛110円が80円
       又は90円となる

二.前記,義務加入制に伴い,比較的高額の金額の加入を義務づけて農家負担の過重を生ぜしめる点と,反対にごく形式的に低い金額に加入して義務を果すという二つの面からあまり無理のない而も或る程度補償に役立つよう,少くともこれ以上は加入しなければならない最低の掛金を定款で新しく定めなければならない事になった。そしてこの最低の掛金は,農林大臣が100円から200円の範囲と定められたので,家畜の用途別に夫々この範囲で,定款に定めることになっている。
 今仮りに,最低の掛金を「一般牛」で180円と定めれば,掛金率は一斉加入により以前の1.1%が0.9%又は0.8%となるので,加入すべき最低共済金額は20,000円或は22,500円となる。所がこの際牛価の8割が加入しうる最高額となっているので上記では,少くともその牛価が25,000円又は28,125円以上でなくてはならない故に,最低掛金を180円と定めても(掛金率0.9%のとき最低共済金額は20,000円となる)25,000円以下の牛は20,000円という最低共済金額には加入出来ないので,このときはその価額の8割に加入することになっている。この最低掛金の定款変更は法の改正により当然なされなければならない。

 以上「一」及び「二」は第5国会において改正され昨年6月8日公布された次第であるが,農作物共済掛金の約半額が国庫負担となっている現在,特に今次,義務加入制によって,その裏付として農家負担の軽減を更に実現することは,最も望ましいので,家畜死亡廃用共済の掛金の一部国庫負担と,加入頭数の急増による家畜共済事業事務費国庫負担の二つの問題が,昨年末第6国会に於て法制化,予算化されたことは誠に御同慶にたえない。
 これらは,いずれもドッヂラインによる予算編成が補助金的性格をもった国庫支出を極度に圧縮する方針をとっているため幾度か難関に逢着したのであるが,遂にその実現をみたことは,家畜共済の国営的色彩を更に濃厚ならしめるものであり,同時に農家負担の軽減に資するものとして,発展過渡期にある本事業の推進に寄与する所,誠に大であると言えよう。其の要旨は

 一.「国庫は,昭和24年及び25年度において組合員の支払うべき牛又は馬の死亡廃用共済に係る共済掛金のうち定款で定める最低の共済掛金の2分の1を負担する」
 ことになり予算編成の関係上,競馬益金の一部を財源としているので,臨時立法であっても昭和26年度以降については更にこれが恒久化に努めることになっている。従って前記「二」の最低の共済掛金を100円より200円の範囲内で夫々,用途別に定款で定めればその半額を負担するから,組合により負担額は一様にならないわけである。勿論この最低掛金以下のものはその半額を負担する事は当然である。

 二.共済組合専任職員の事務費は現在6,300円ベースの3分の2を負担している。然しこの事業の国営的性格並に,国会の附帯決議に鑑み金額国庫負担とする全国的な要望は国会方面にも盛んに運動を続けて来たのであるが,国家財政の現状から未だこの実現をみていない。従って,その時まで県費助成をと,目下運動が続けられている。
 かかる現況の下に,今般家畜共済事業事務費国庫負担として,従来農民の負担となっていた事務費賦課金の一部を補助することになり,頭数割28円70銭,組合平頭割3,000円,の基準で,県単位に総計し連合会に交付,その3割は連合会に保留する模様である。然し,家畜共済事務の負担の実態に照し,又将来の見透しから新たなる職員の駐在等最も有効適切な形で還されるのが望ましいので,この交付方法等についてはよく検討協議を必要とすると思う。

 以上「一」「二」はいずれもさきの死亡廃用共済義務加入と関連し,実施される主旨にかんがみ,一斉加入の決議と平行することが望ましい。
 而も議決による掛金率の低減により,議決前加入者は以前の高い率で加入しているので,この補正を昨年4月に遡及してすることになっている。然し,この補正も本年1月末日迄に決議しなければ適用しない事になっているので,是非とも1月末迄に,一斉加入と最低の掛金の定款変更の決議をする事が必要である。「この際私達の最も希求してやまないことは組合指導者の一段の認識と,熱意である」,そして,結局仕事はその内容の如何よりも,誠意であり,熱意であり,関係者の人格によることを痛感する。
 「今年こそわが家畜共済の最良の年」であらんことをここに再び希ってやまない。