ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年1月

顧照脚下(2)

杜 陵胖

 朝早く起き出た鶏の群は,餌を求めて大騒ぎである。盗難の多い此の頃,鶏も夜は狭い箱の中に入れられて,玄関の隅っこや,縁側に置かれているので,朝の騒ぎは又一通りではない。それが箱から出されると大喜びで庭一面に走り廻って,夜の疲れを一気に取り戻すかのように活動する。
 私は日当りの良い縁側からじっと鶏の動作を何の気もなく面白そうに眺めていた。ふと気がつくと一羽の鶏が「こおろぎ」を見つけてチョイとついばむと一散に走り出した。それを見つけた他の鶏もその後を追って又一しきり大騒ぎが始まる『そうだ,鶏はこんな虫が好きだったんだ』と口の内でつぶやきながら,何か大きな発見でもしたようにじっと考えこんだ。
 日曜日の朝 僅かばかりの野菜畑の手入れをしようと畑へ出て大根の間を歩きながら,ふと畝の間に置いてあった茎を何の気なしに取り除いたら,何10匹と知れない「こおろぎ」がパッと一勢に飛び立ってあわてて近くの大根の間へかくれてしまった。
 この二つの事は何んの事はない日常の出来事にしかすぎないが,ふとこんな考えが浮かんで来た。鶏の飼料で最も大切なことは如何にして蛋白質飼料を安価に,多量に手に入れるかと言うことである。この為に魚屋さんの店へお百度を踏んだり,かまぼこ屋へ頭を下げたり,日曜日の楽しみに釣って来た小魚がみんな焼いて干されてしまったり,煮干の出しがらまで一つ一つ集められているのである。
 それなのに害虫としか考えられない「いなご」や「こおろぎ」は吾が世の天下とばかり作物の中を荒し廻っていて,誰もこの害虫を集めて鶏の飼料としようと考えないのである。私はこんなことをしてみた。
 畑の数ヶ所へ茎を拡げて置いて,翌朝それを取り除くと同時に,手に持った昆虫網をもってピョンピョン飛び廻る「こおろぎ」を大急ぎで捕えたのである。するとあまり労力を使わないで面白い程「こおろぎ」が捕えられたのである。そこでこの「こおろぎ」を石油缶で沸した湯の中へ投げこんでサットゆで上げ,これを茎に拡げて干しておいて鶏の飼料に使ってみると鶏は喜んで食べるし,産卵はよくなって来た。考えてみるとこれらの虫は動物蛋白の給元として全く申分のないものであって,然も金のかからないで,労力のみで相当の量が集められ,貯蔵も出来,全く理想的な飼料となるわけである。こんな有難い話は無いのになぜもっと早く気がつかなかったのかと不思議に思うのである。
 近頃自給養鶏が盛んになり,3羽,5羽の鶏が軒先や縁の下によく見受けられるようになって来た。岡山県の養鶏羽数が約42万と言われるが,その内8万羽が種鶏として考えられると残りの34万羽は一部を除き所謂自給養鶏になる。これが3羽−5羽の集計であるとすれば養鶏も相当普及したものであると思われる。全体の羽数は戦前のそれには及ばないが,戦前は相当の羽数を持った所謂専業養鶏家が相当居たので飼養戸数はむしろ現在の方が多いかも知れない。だがその自給養鶏の飼い方は従来の糖と菜葉のいきを一歩も出ていないのが多いようである。それでいくと飼料は足りない,足りないと言い,家の鶏は産まない産まないとこぼしているのである。
 そんな御人にもっと脚下を見よと言いたくなるのである。秋から冬にかけて「いなご」や「こおろぎ」を干しておいて使い,春から夏にかけては「おたまじゃくし」や蛙や蛇をとって飼料にする元気の人は無いか知らん。