ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年2月

牛の俗話

K生

◇牛と塩

 秦の始皇帝に3,000人の美姫があっと言う。
(註)この人数は例の白髪3,000丈と言うのと同じ事と願いたい。始皇帝は毎夜牛車に乗って此等の美姫の所へ通ったのだそうだ。ところが何分3,000人と言うのだから一人々々を廻っても8年余りもかかる。そこでその中でも利口な或る一人の美姫が是非早く順番を得たいと言うので考えた挙句,自分の屋形の前へ塩を撒いておいた。そしたら皇帝を乗せた牛が何よりも好物の塩に引かれて毎夜その屋形を訪れるようになったと言う。
これが起源で今でも料理屋や待合などで「盛り塩」と言って夕方に入口の所へ塩を一掴みづつ盛り上げる習慣がある。つまりお客を呼ぶ「マジナイ」で昔の始皇帝の牛(つまりお客)と女との故事に倣ったものだと言う。
それ程牛は塩が好きなのだ。
濠州での牛の牧場では放牧している何百何千と言う牛を集めるに色々な方法もあるが中にもこの塩で集めると言う話もある。カウボーイが牧場の牛群の近くへ塩を持っていって,大きな声で「ソールト(塩)ソールト」と呼ぶと永い間の放牧ですっかり塩分の欠乏している牛が我先にと塩に向かってくる。それを誘導してうまく牽いて帰ると言う。これは実話である。又千屋の地方でも春からずっと山野に放牧する習慣があるが当地は他所と違って耕地を柵囲いをしてその外は道路と言わず家の庭先と言わず牛の自由の天地であることは御承知と思う。その牛の連中も塩分が欠乏すると人家の近くへのこのことやってきて台所の方へ頭をつっこんだり小便つぼをなめ出したりすると言うがこれも牛にとってみれば塩気欲しさに外ならない。(人尿の中に塩分が相当ある)先づ牛には色気よりも塩気と言った具合で塩をなめたがるものである。普通食欲不振の中に味噌をなめさすと食思が出ると言うのも味噌の中にある塩分の方が大きな作用があると思う。

◇牛褒め

古い落語に「牛褒め」と言うのがある。これは少々ぼんやり者の与太郎が伯父さんに代って牛を褒めに行く話だがその行く前に伯父さんが「天角地眼一鹿耳頭小歯違う」と言うこと教えてつまりこんな牛が昔から一番上等な牛だと言う。そのわけは「天角」と言うのは角が天を向いて居り「地眼」は眼は何時も地を向いているような眼つきが良く。「一黒」は皮膚の色が黒一色で斑がない。「鹿頭」は鹿の頭に似ているのが良くて「耳小」は耳は小さいが良く「歯違う」は歯が上下食い違っていて上下すり合せて良く物を食うのが完全な牛だと言うのである。
これを与太郎が間違えて良い牛とは,「一石六斗二升八合」と覚えこんでお笑いとなったと言う落語である。
今でも良く和牛の審査の説明に「天角地眼」などと言うたとえが出てくる。つまり和牛の相牛法として昔の一つの拠り所とされたものである。