ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年2月

岡山県養鶏界の現状を嘆く

斎藤海道

 無条件降伏によって軍門に屈した国民である事を銘記す可きであるのに,全く此の事を忘れ去った養鶏人の現状である。寔に寒心に堪えない現象である。御多聞に洩れず我が養鶏界もバスの同乗を急いでいる。敗戦国の農民が最も必要な事は結合である。然るに岡山県養鶏界の有様は何んと言う惨めな姿であろう。県畜産界はそれぞれ各部門に分れて独自の協同組合を組織しているのに,養鶏界のみは県販連の厄介に甘じて恬として顧る処がない。実に情無い情勢である。反面昨今孵卵場を中心として種々の形の協同組合が結成されていることは寔に結構な事であって幸多ならん事を切に祈る処であるが尚三省す可き点もなきにしも非らずである。
 近く岡山県飼料株式会社が創設せられことか聞く。消費者側を代表して役員が選任せられるとの事であるが,恐らく今日の有様では情しいかな県下飼料の大きな部分を消費する養鶏界を代表してその1ポストさえ獲得する事は不可能であろう。連合会が結成されていれば2名の取締役位は楽に掴み得るのに。又県販連に食卵の販売手数料と孵卵利益を献上して置いて,他方配給飼料に相当額の賦課金を徴されて養鶏協会の経費を賂う具の骨頂を演じている。眼前の小利を捨てない限り大なる発展は望む事が出来ない。
 我れ我れ種鶏家は飼料の配給と称する温室に多年育てられて来たのではあるが,将来長くそのような事が続くものでは無い,優勝劣敗が必然に起る。ちょうど大正末期場の養鶏熱が旺であった後の昭和45年頃の様な不況がきっと起る事であろう。今月既に飼料高の卵価安と言う現象が起りつつある。飼料が自由販売なれば,現存の種鶏場の何割かは影をひそめる情態が現れて来よう。此の凋落を少しでも少なくし得るものは結合にあるのである。利に敏なる商人と太刀打ちをする事は,個々の力では養鶏家は到底望む事が出来ない。飼料商との掛引き,鶏卵商との取引,孵卵業者との話今悉く団体の力に依って初めて養鶏家に有利に転回し得るのである。
 昨年晩秋大阪の卸鶏卵価格は,10月中旬の高値から11月は中旬までは低落していないのに,岡山に於ける卵価は10月末には既に暴落していた。大阪の鶏卵問屋は卵価の上昇期には,しこたま儲け,又下落期にも夫れ以上の利益の貪るのである。上昇期に多大の利益を収めるのは当然の事であって,此れに対しては一言片句も文句のはさみ得る余地はないが,下落期に於ても此れ以上の莫大な利益を貪ると聞く時生産者たる養鶏家は快くそれを聞き流し得るものであろうか?此の非を矯正し得る唯一の手段は団結にあるのみである。
 将来の養鶏の行方を沈思熟考するに,結局が孵卵事業を中心として県下一円の団結でなくてはならない様な気がする。理想型は県下全般の,蕃殖家が一団となって,種雛の給源体となり,此の孵卵事業は個々経営を許さず,一つの組織の下に行う。此れが協同組合であってもよく,又株式会社でありてもよい。組合である場合は県下の養鶏家は一人残らず組合員であり,株式会社ならば養鶏家全員が株主である事が絶対要件である。蕃殖家が専心改良した原種鶏より採った種雛を一般種鶏家に配布―,私営の孵卵場は此の種鶏場の種卵を孵化して一般養鶏家並に県外に雛を販売する。斯くの如く計画的に種鶏改良が行われているから,他府県の雛に対して品質に格段の相違があるから,国に岡山県の雛は闊歩する事が出来る。飼料自由販売ともなれば全国に君臨せんと豪語する愛知養鶏界も膝を屈するであろう!!
 併而県下養鶏生産物は全部挙げて団体で販売する。此の団体は大消費地には出張所を設け直接に小売業者に販売して中間に介在する商人の利益を,生産者と消費者とに分配する。必要とあらば雛諸工場をも設置して廃鶏の加工も行う。斯くする事において従来の如く生産物の価格をば商人の手で決定させずして,生産者の手に決定権を取戻す事が得るのである。勿論飼料,其の他資材器具も国体で購入或は生産して一般養鶏家に配布すのである。
 次に日本の養鶏は理屈を抜きにして,海外に飼料を仰ぐの外生きる途がないのであるから,其の反面養鶏生産物の輸出をも是非とも考慮に入れなくてはならない,今日の如く米国より種雛,種卵を輸入して悦に入っていては,うだつがあがるものではない。大に海外へ種卵種雛を輸出して万場の気を吐かなくてはならない。岡山県の養鶏界が特種の組織を以て大いに種鶏の改善を図り全国に先鞭を打つ事を念ずるや切なるものがある。
 一般養鶏家の間に於て昨今の如く鶏卵の価格が安くては引合はないと言う声を聞く。合併養鶏家は平静に今日の物価を直視しなくてはならない。成程飼料の価格が相当に他の物価にして高いなら卵価も高くなくては採算上不朽ではあるが,現在牛肉が100円以外,大衆魚が100目20円内外の相場では,鶏卵の小売相場が12,3円では高過ぎる嫌がある。実際それ等に比較すれば鶏卵の小売相場が5,6円が至当であろう。但し今は飼料高に禍されてその様な相場に下っては事実上養鶏家は悲鳴を挙げて了う事ではあるが,経済の自然法則により如何様に嫌っても何時かは此の事が,現実として吾々に迫って来る。鯛や鰆の価格と比較する時鶏卵の価格は決して高いものではないが,此れ等の高級な魚は一般大衆とは縁の遠いものである。鶏卵も高級魚と共に大衆から遊離して超然としていられるものならば何をか言わんやであるが,街の店頭には鶏卵が氾濫せんとする有様であって,結局一般大衆の食膳を賑わさずしでは到底他に販路を見出す事が出来ない運命を持っている。詰り大衆魚並の価格にまで引下げられる宿命があるのである。飼料は相当下落する見込のない今日養鶏人は鶏卵が大衆魚並の価格にまで下落した場合の対策を真剣に研究しなくてはならないのではなかろう?徒に卵価の安きのみ喞って許りいては明日の敗者となる事は決定的であろう。
 筆者は最後に県下養鶏家に深く御詫びしなくてはならん事がある。村上技師が10年に近い歳月を費して漸くして築上げられた県下種鶏の現在の高い水準を,私達の不明不敏によりて再び10数年前の低い水準にまで引下げんとする趨勢を醸した事を非常に憂慮するものである。或る動機からして筆者共は従来県販連に種卵の給出していたのを今春から御断りした結果,種雛の県下一元配給が不可能な事態に立至った。其の為めに昨年までは稍々順調に運営されていた種雛の配給が今春は全く混乱状態に陥って了った。此の様な結果は筆者の全く予想だにしなかった事実である。此の状態が2,3年も続いたならば(恐らく続くであろうか)県下に飼養せられる種鶏の素質が,或る一部分を除いては非常に低下して戦前と同一の低い水準まで引下げられる事であろう。単に業者達の蕃殖上の都合のみに執われて大局を達観する眼識の挙った結果であって,筆者の不明を痛く羞すると共に,県下養鶏家各位に衷心より御詫びを申上げ,擱筆するものである。(筆者は日本種鶏株式会社々長)