ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年3月

研究と調査

殺草剤 2.4−Cの出現

岡山県立農業講習所 教授 黒住久彌

 知りきって居られる方には何んだあの話かと言われるかも知れませんが,まだ知られて居ない方のために本稿を書く次第です。殺草剤2.4−Dと言えば,昭和24年度の農業雑誌に掲げられた重要な目録の1つであり,本年度に入ってから愈々農村の話題の中心の1つともなる事でしょう。
 植物が光に対して曲る事は植物ホルモンによるのだと言う事がダーウイン,ボイヤンセン,パール,ロイブ,ウエント,ドルク等の学者によって明らかにされ,植物の趣向性(茎の向地性,背地性や根の向地性等)はすべて植物ホルモンの植物体内での光の方向に対する分布の相違によることが明らかにされて,その試験方法が確立されました。
 1933年(昭和8年)ケーグル及びエルクスレーベン,ハーゲンシュミットの3人は人尿から遂に植物ホルモン,オーキシンαの抽出に成功し,ついで麦芽や玉蜀黍油からオーキシンDの抽出に成功し,又更に多量の人尿中の植物ホルモン的有効物質を活性炭素に吸着させ,ヘテロオーキシンの抽出に成功しました。この物質はβ,インドール醋酸に外ならない事が明らかにされました。即ち,合成β,インドール醋酸がヘテエオーキシン同様,ウエントの蒸麦テストで植物ホルモン的性質を表すことが明らかにされました。これを契機としまして合成植物ホルモンが次第に実用化の域に入り,工業生産に発展しました。
 β,インドール醋酸は単為結果(種子なし果実)をつくるに効果がありますが,β,インドール醋酸より発芽,発根に効力のあるα,ナフチール醋酸塩が植物ホルモンとして広く喧伝される様になりました。米国ではボイス,トムソン研究所が植物ホルモン研究の総本山でありました。米国でガードナー,ベッヂャーカウン,等が1940年(昭和15年)大がかりな果樹の落果防止の試験を行いました。その結果α,ナフタリン醋酸の化合物の中でもアミツド態が最も効果がある事が解りました。又一方植物ホルモンを過剰に施すと逆に生長が抑制されることから馬鈴薯の発芽防止にはαナフタリン醋酸液よりもメチールエステルの気浴(蒸気にあてる方法)が最も効果がある事が解りました。斯様にしまして米国では相当実用化されて居た次第であります。
 戦時中日本では増産達成目標の一方法としまして,系統機関から水稲ホルモン,甘藷ホルモン等が大いに喧伝されましたが,終戦と共に忘れはてられ竜頭蛇尾に終ってしまいました。
 米国では前に述べましたボイス,トムソン研究所のA,F,ヒッチコック並びにP,W,チンメルマンが植物ホルモン研究の中心でありまして,1941年(昭和16年)米国のロバート,ポカニーによって植物ホルモンの一種でありますところの2.4Dが初めて合成され,その強烈なホルモン効果のため低濃度で抑制的に働くことが解りましたので,その抑制作用は戦時中ある目的で盛んに研究されたと言うことであります。
 2.4−Dが殺草剤としてテビュー致しますまでの経過について申述べますと,1944年(昭和18年)T,W,ミチエル及びC,L,ハムネルがいんげん豆の抑制作用試験中この物質を色々の植物に同じ様に与えてもある種の植物では余り影響を受けないのに反して,他のある種の植物では強い影響を受けて遂には枯死する様になること(選択性)を発見しました。其後C,LハムネルとH,B,チュキーの両氏は2.4−Dが雑草の一種である西洋ひるがおを完全に枯すことを明らかにして以来,選択性に関する研究が蔟出しまして,雑草防除に関する実用化は非常に進み,3年後の1947(昭和22年)には年産400万封度と言う工業生産に達して居りました。
 最初は庭園やテニスコートやゴルフリンクの芝生のタンポポの除草剤として名をなして居ましたが,1947(昭和22年)春雨が晩くまで続きましたので,ケンタッキー州のヘンダーソンと言う所で玉蜀黍が雑草のため臺なしになろうとしました。其の時,農民は絶望の果,前年附近のゴルフリンクで2.4−Dを用いて効果があった事を思出し,使って見る気になりました。その結果1万ドルの費用で200万ドルの玉蜀黍が助かったので喫驚致しました。その収穫の専門家達がよってその収穫は充分でありまして,何等害のなかった事を明らかにしました。時の農務省の専門家チフアード博士は,これは農耕革命の誕生であるかも知れないと言ったそうであります。外国ではレープを栽培しますとその後作にはレープが混って困るそうであります。又野生カラシは飼料作物畑では困った雑草でありました。これらも2.4−Dの出現によって,完全に殺草出来る様になりました。筆者は米国の飼料作物雑誌の空中写真の原色グラヒックで実に鮮かな殺草振りを見た事がありました。

▲オクラホマのA,M大学の専門家は州の牧草地は2.4−Dによって,10−25%の牧草を増加したと報告し,

▲オレゴン州大学では2.4−Dで穀物収穫20−25%増加し,玉蜀黍は1エーカー(約4反歩)で200−300ポンド(24−36貫)の増収があり,牧草地では50%の牧草の増加を見ました。

▲コロラド州では雑草地に2.4−Dを散布した処,大麦70%小麦100%増加しました。(註 大原農研雑草と2.4−D笠原安夫氏による)

 戦後日本に於きましては,2.4−Dは東大の野口彌吉教授によってその植物ホルモン的作用が紹介されました。東大薮田教授,京大井上教授の実験室で夫々日本で始めての合成が行われました。日本で広く一般に紹介され,実用化に貢献されましたのは兵庫県米軍軍政部のエンゲル少佐でありましょう。同少佐は軍人で科学者ではありませんでしたが米国人的創意から,日本の水田に2.4−Dを使わせて見ようと言う着想の下に,兵庫県立農事試験場に提供,井上技師担当で先ず実用的予備試験が行われました。一方日本で2.4−Dを初めて工業生産に入りました日本揮発油株式会社では,大原農業研究所とタイアップして笠原安夫氏担当で和製2.4−Dの試験が行われました。岡山県立農事試験場でも久保田技師担当で予備試験が行われました。
 元より農林省農業改良局では重大関心事でありましたので昭和24年度の試験については,水稲作に一般化を計る目的で,2.4−Dを全国統合の様式で各県農試一斉に試験が昨年開始されました。このことは農業改良局に於て,試験統合の見地から最も適切な課題となり,一方私達技術者には,N,R,Sの学者達の推賞する,R,Aフィッシャーの近代統計学のこの上もない勉強になった訳であります。岡山県は施肥量と2.4−Dに濃度に関する試験(Aの6)を担当し,小官が同試験の担当が出来ましてよりよい勉強となりました事を喜ぶ次第であります。試験成績については詳しく時報に出ます事でしょうから御閲覧の程願います。
 さて,2.4−Dが植物生理上に及ぼします概況を申述べますと2.4−Dは植物ホルモンの一種でありその微量は植物生長素としての効果はあるのですが,おそろしく希釈なためその作用が不安定であります。それよりもその抑制作用の利用が,その選択性から殺草目的に使われるに至りました事は上述の通りであります。
 この薬は植物の気孔から入ると言われますが,茎,葉,根,何れの部分からも内部に侵入し,植物中を上昇もすれば下降もすると言われて居ます。この葉が葉又は茎(特に生長点=芯に附着すると甚しい)に附着すると,葉は捲きねじれ,萎縮状態となります。又葉は黄化退色後枯死致します。茎もねじれ率状化し裂け曲ります。発芽状態のいんげん豆に於ては細根の始元体は稜状隆起し根部は裂けます。かやつりぐさ類では茎の根元の組織が瘤状となり非常にもろくなり,後に腐れます。2.4−Dだけから考察致しますと,従来本科は薬剤が附着し難く,幼芽は葉鞘に包れ,葉鞘には夫々葉舌がある等によって薬の侵入し難い事から考えると,なる程未本科には効果ない事がうなづけますが,それよりもっと根本的な問題としては,1947年(昭和22年)R,W,ラスムセンが言っている様に,2.4−Dの致死作用は植物の種類によって原刑質に及ぼす効力の特異性によるのではなかろうかと言って居ります。これによって,2.4−Dや,I,P,Cの選択性の説明はつくものの様に考えられます。今の処,日本では植物生理に及ぼす成作についてはそれと言う研究報告はない様です。(註)I,P,Cは英国で合成され1946年(昭和21年)英国のW,C,テンプルマンとW,A,セックストンによくて未本科に殺草的効果を発揮し,十字科や荳科には害がない事が明らかにされましたが,日本ではまだ実験域で実用化には至って居りませんが,土壌処理に卓好がある事を大原農研笠原氏が認めて居ります。