ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年3月

中家畜に行政ありや

美津作山

○本県は古来全国に冠たる産牛県であり和牛は12万頭に垂んとし略戦前の頭数に達している,而して1ヶ年の産牘は2万数千頭に達し,その内約1万頭は県内補充用として残り,1万数千頭は種牛候補として全国津々浦々に売れてゆき岡山牛の名声は高い。

○然るに中家畜……緬羊……豚……山羊……については全国を眺めて見ると本県は旺なりという処に行っていない。勿論山羊は戦時中から急激に増加して既に1万余頭を算してはいるが実は頭数が多いという丈で品質の点に到っては極めて低位にありといわざるを得ない実情である。

○中家畜も亦牛と同様農経営には是非共おらなければならぬもので然も大家畜と衝突せず牛舎の一部を仕切り又は下屋をおろして部屋を作れば極めて容易に飼育ができる。
而して豚を除いては殆んど草のみで飼い得られる。もので濃厚飼料は極めて尠くて済み又労力方面から申しても耕作等重労働に従事し得ない老幼婦女子の手にても世話ができるから農家には持ってこいのよい仕事である。

○かように農業経営上中家畜は役立つものであり又是非共採り入れなければならないものであり乍ら本県においては畜産といえば和牛が頭数多く且重要な関係からそれに専念し過ぎて……と言えば批判の的になるかも知れないが……これ等中家畜には実が入らず又畜産関係の技術員にしてもお互に中家畜には熱意を持つ余裕がなく……実際忌憚のない処余り中家畜に対して認識がなかった……のが実際の姿ではなかったろうか。

○か様な事情で本県における中家畜の奨励政策についてはこの2年前位迄はほとんど放置……少し酷かも知れないが……の状態ではなかったろうか。昭和23年度から緬羊増殖の方針をもって養蚕家にその副産物を活用して飼育させるため補助金を交付して相当頭数を先進地から導入する……これが実は今迄の中家畜奨励施設としては最も大きく又見るべきものと思われる程なのである。

○先づ緬羊について述べてみたい。本県の緬羊は1昨年頃迄は僅か500頭を維持する……ほんとに維持する……程度であり県内生産をもってしては10にならず他県からの導入によって実は頭数を保っていた様な事情であった。県下における緬羊の飼育状況を調べて見ると1ヶ町村に100頭以上おるのは小田郡美川村丈で20頭以上おる町村が11ありその他には極めて寥々たるものであった。それが最近養蚕家に対する導入施設が講ぜられてから苫田郡加茂町を初め各所に相当の頭数が飼育せられその成績が良好なのは洵に喜ばしいことである。

○に述べた通り緬羊はまだ他から導入したもので増加している実情を脱しない。生れた仔羊で頭数が増加する様に早くなりたいものだ。緬羊につきものの腰麻痺で斃れるものが多くその他飼育管理技術の不充分による頭数の減少が相当多い。又仔羊育成技術の未熟なために折角生れたものも成長し得ずして死ぬるものも多い様である。端的に言えば本県の緬羊はまだまだ技術指導が不足であるから指導陣(?)を動員してその徹底を期すべきであろう。養蚕家に入れた緬羊もただそのものが元気で毎年抹毛する丈ではやがてこれも……岡山県の緬羊……にしかならないであろう。牝は洩れなく種付を励行し自力で……自県で……殖える対策を今にして講じなかったならば再び舊の木阿弥に返り折角の奨励も悔を後に残す結果とはならないであろうか。

○由来本県における緬羊の奨励は県,畜連,緬蚕協会,又は地方における緬羊組合等で各機関鋭意指導に当っているがこれ等の間には従来共密接な連繁は必ずしも存在してなかった様だ。指導が区々であった様な気がする。緬羊の導入にしても県がやる……他の団体がやる……時には競争的にさえ見える……この間に連絡がない。相互に努力して優良なものを幾何かでも廉価に入れてやることは農家のために結構なことであるがただ自己の仕事本位に考えてやるようなことがありとすれば農家にとって迷惑なことと思われる。

△豪州羊毛が多量に輸入されることになったので背広1着が3−4千円で出来ようと新聞に出ている。これを見て直ちに……緬羊はつまらん……という人がある。農家の緬羊は洋服が安くなったからといって土台が崩れる様な仕事であってはならない。農家の緬羊は農業経営の一大要素としての仕事である。それから毛を採り農作業の都合を見て随時これを毛糸とし進んで子供の靴下ジャケツ更に進んで毛織の原反とする処に価値があるのである。それで農家の緬羊は豪州から羊毛が入ると否とにかかわらずやらねばならぬと思う。

△これを要するに本県の緬羊は総体的に考えてまだ確と地についていない感がする。浮動状態の様にも思える。幸い相当の予算も計上されて年々相当の頭数が入って来るのであるから実体を凝視して実の入った指導方針の確立と強力な実行とにより……岡山県の緬羊……から脱却して日本の緬羊の推進力となることを念願する次第である。