ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年4・5月

一閃

万輪田里生

 △終戦後新円切替を契機として通貨は膨張しインフレは昴上し物価は鰻上りに上って行った。勤労者の月給も……2,700ベース……6,300円ベース……と上って来たが半年も前からの放送で愈々その思典(?)にありつく時は物価は既に遥かかなたに行ってしまっている……何時も食えない……足りない……が続いて来た。今も続いている。都市といわず農村といわず札が多かった。購買力が多かった。……のはまだつい先頃の様な気がする。

 △経済9原則の厳正なる実行に伴う諸政策,はげしい税金の取立等のために通貨は縮小し物価は一部のものから下向し初め所謂デフレの時代となってきた。農村は金詰りで甚だ苦しい状態におかれ又都市の中小企業も同様であり購買力は減退した。これから当分はこの状態が続くであろう。物価は一層下向きの様である。安くなるのが自然であり又将来必要であると思う。和牛一頭買うのに10万円以上を要し豚の乳離れ一番16,000円以上というのに押すな押すなの希望であった当時を顧みると全く一場の夢の如き感じがするがこれも敗戦国が辿るべき当然の過程であったかも知れない。

 △終戦後日本国民の生活改善……食料改善……なることが大きく採り上げられ実行に移されている。県庁には生活改善の係が出来,普及員をおいて折角鋭意努力中である。日本国民は米麦等の澱粉質食料を過剰に摂りすぎ動物性蛋白質の摂取量が極めて少ないので栄養物に乏しくそのために沢山……大飯……を食わなければならない。殊に農村人は昔から概ね生活程度が低く栄養価のある食品は余り摂ってなく米の飯に漬物の処も多くせいぜい塩辛い干物の処も可なり多かったと思う。

 △生活改善……食品改善……栄養価のあるものを食え……具体的に率直に尽せば即ち畜産物を……牛乳を……肉を……一層多量に食えということである。日本では昔宗教の関係で畜産物の消費が少なかったのはやむを得ないがこれ等のものの価格が高かった……のが一つの大きな原因ではなかったろうか。従ってこれ等のものは薬餌的にさえ考えていた位で病気になれば牛乳を飲む……スープを作って飲む……状況でさえもあった。

 △肉はつい先頃迄は100匁150円から200円卵は1個20円もした。牛乳は処によってはまだ一合12円もしている。これでは余り高くて消費の増進は望まれぬと思う。食品改善は一般大衆に畜産物を一層多量に食わすことであり……こうするには畜産物を安く供給しなければならない。安ければ自然と多く食う様になる。多く食えば消費が増し従って供給を潤沢にせねばならず自然と畜産の増産を図る様になるので畜産の発展はこの面からも自然と成就するのではなかろうか。

 △自分は以前栄養改善を目指して進んでいるある村の座談会行った事がある。その際栄養改善には畜産を行ってその生産物たる牛乳鶏卵等は全部販売せずに或る程度自宅で飲み又は食って残りを売るようにすべきだと話した。処が卵1個が17円から20円にも売れるのに勿体なくてどうして家で食べられるものですかとのことであった。自分はこれでは折角乍ら栄養改善は絶対に出来ないと思った。これも結局生産物の価格が高いので農家がただ売って金をとることに急であって栄養改善の大方針等はお次になっているからだと思う。卵でも一度金に替えたら同価格の栄養品を買って食べることは恐らくできないであろう。価格が安ければそんな気も起らず幾何か自宅で消費したであろう。

 △然し安く安くといっても農家の採算を度外視して……損をして……供給することはできない。ここにおいて即ち……安くて引合う畜産……が生れてこなければならない。これには飼料対策の面,経営合理化の面その他色々あろうがこれ又稿を更めて述べることと致した。これこそ将来の自由時代に処する畜産経営の金科玉条ではなかろうかと頭に閃いた次第である。(25.3.27)