ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年4・5月

どうぶつ愛護に寄せて
応募入選作文!!
3等賞

動物愛護

苫田郡共和中学2年
田口公政

 「こけっこうこけっこう」もう夜が明けるのかなあ―時計は見なくても年寄はこんなことを言っている。そうだ昔菅公が流される時夜明けのにわとりの鳴き声を悲しまれたとかおんどりの鳴声は現在の時計の代用品であったらしい,めんどりはあの栄養豊富な卵の主である。牛馬も昔は交通の王者,世は移り時計は出来,自転車,汽車,自動車等いろいろの乗物が出来た。而しいづれも廃物ではない,今もなお人間とは切れない仲である。例え廃物になった果も身体のすべてがその用途用途で重宝されている。犬猫にしてもそうである,鼠を取り盗人の番をする猟もする又買物に行くのもある。立派な犬になると買物に行って数をごまかされるとわんわんほえて帰らないと言うのがいると言う事又雪なだれの下じきになった人間を嗅出す,するどい嗅覚の犬もいるというこれ等は人間以上である,又てのひらにのる様な小さな四十雀でさえ年々多数の松を枯死さす松喰虫を征伐する役割を果すではないか,大なる人間でさえ枯れ行く木を発見始末はするが,その予防は困難である。野菜の実りは総て小さな昆虫の媒介に依るものでありその一つ一つを取り上げて行けば数え切れないであろう。人間はこれだけの恩恵をどう考えているだろうか。一言の礼を述べた事があるだろうか。一日として全世界の人間が動物と離れての生活は出来ていない。
 長年絶え間なく続けられて来た恩恵故に殊更の念が湧かないのであろう。太陽の恩恵に値するものであると思う。人間は動物を切りはなしての生存は成立しないと思う。動物ありて人間ありと言っても過言ではあるまい。動物の長としても又人間はその恩恵に依る事が多い,人間のあらゆる生活部面に役立っているが観察推理の力を養い実地研究に情操教育に…知的部面にも及んでいる,一面には害を残す動物もいるがその大半は人間の為にありとも言い得ると思う。あのおそろしいまむしでさえ立派な薬となる。あたりさえしなければ決して毒牙はささない。すべて愛すればなつき,教えれば覚え,怒れば防衛する。言葉は通じなくても心は人間と同じである,梅の花咲く頃から初夏の緑へかけてなくうぐいすも可憐なる山の主である。ハイキングに蕨とりに山路を行く人々の心のオアシスである。夏の暑い陽ざかりを木蔭に一時の夢をさらうかっこう鳥の趣,けんけんとなきながらするどいはばたきで飛び立つきじ,共に山の甘い風情である。愛すべき動物人間の子供に接する様な気持であつかい日頃の動物の労苦を思いたまたま動物愛護週間にあたり,ここに改めて動物への恩義の意を表しねぎらいの気持を表してやろうではありませんか。 完