ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年6月

小家畜の問題

アンゴラ兎について

 最近いたる処で「もうアンゴラは駄目ですね」とよく聞くがこれを聞く度に其の発言者の考えの浅薄さを我々は一笑に付すものの反面確かに,現在直面しているアンゴラ兎飼育の危機……というよりむしろ困難さと言ったものを認めざるを得ないのではなかろうか。即ち昨春までは,国内に於てアンゴラ兎毛の主な消費部門は製帽工業であり,次いて紡毛特に毛糸製造であって,非常に盛んであったのが,漸次一般の需要が減退し,又加ふるに世を挙げての金詰りも災いして,最近では,目に見えて一般の消費が減少して来ている状況である。一方御存知の如く単一為替レートの設定以来アンゴラ兎毛輸出は不利な立場に置かれ剰つさえ最大の顧客たる米国の経済界景気の後退という大きな要素も加わって,昨年4月乃至9月を契期として兎毛価格は一路転落の詩集を唄い続け,今日の如く,汚毛屑毛は原則として,買受けないという如き,いわばどん底の状態を現出しているのである。
 戦後投機的にアンゴラ兎の飼育を始めた人々は,兎毛価格の低落と相まって下落したアンゴラ兎そのものに見切りをつけ,尻尾を捲き始めこれ以上の飼育の継続に耐え得ず相次いで脱落の悲鳴をあげて,所有の兎を手離すにいたった。そして其悲鳴が,「もうアンゴラは……云々」という言葉となって,現在巷間にあまねく響き渡りつつあるのである。この脱落せる人々の置土産に対して,健全なる採毛目的で飼育経営して来た人々は何等彼等の言葉に影響されることは無いのであるが,これからアンゴラ兎を飼育しようとする人々にとっては,其の決心をにぶらせ,折角の出鼻をくじく結果となる恐れは多分にある。しかし次にあげる如き事項からして,アンゴラ兎飼育は決して巷間伝うる如く望みなしではないのである。即ち

一.不景気は永久に続くものではない。

二.投機的な考えを持たず健全なる飼育理念をもって,其の主目的を仔兎の販売におかず あくまで採毛に置き経営すれば,途は,自然と開ける。

 終戦以来兎の質等は度外視して,生産した仔兎の販売をもって,大利益を得ようとした所謂闇商人的な飼育者続出し,他品種の兎との雑種を,純粋アンゴラであるとして,一般に売り付けるといったまことに,慨嘆すべき輩も現れ,相当アンゴラ界を混乱に陥し入れたこともあったが,こうした邪道の経営は必然的に長続きするものでない。
 アンゴラ兎毛の需要が将来益々減少するのではないかと,懸念される向もあると思うが,現に米国のみでも年間50万封度の要求がある位で現在日本より米国へ輸出されている量は,昨年度に於して,約2万6千封度の少量であり,全世界の米国に対する輸出量を見ても約15万封度程度であるから,如何に米国に於て需要があるかがうなずけることと思う。
 又一方国内に於ても,昨年末蚕糸科学研究所鈴木純一氏,埼玉県阿久沢氏等によって,絹との混紡による優秀な製品が試作されるようになって来たので,この方面の開拓について,大きな期待が持たれている状勢である。

三.現在アンゴラ兎を飼養しても採算が合わないと言うことを聞くが,これは飼料に金を入れすぎるからで,元々兎は草食動物で,良質の草があればそれのみで,充分飼養し,蕃殖し得るものであるから,いたずらに濃厚飼料に依存することは不可である。

四.農家で余剰の労力(特に,女,子供,老人等)があればこうした労力利用は兎の飼育に最適当であるから,労働生産力を高める面からいっても,こうした余剰労力の完全利用をはかることにより農業経済の合理化を期待し得る。
 要はいたずらに眼前の状勢に目をとらわれること無く,確乎たる信念を以て,着実堅実に,よく頭を働かせ,合理的に経営を運営されるよう切望する。