ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年6月

畜産と生活改善(1)

覆面子

 敗戦後5ヵ年を経過した今日あれほどの食糧苦難も少しは緩和したように思われて来た。実際一時のような闇買,闇売もなく路行く人の顔も少しはうるおいを持って来たようである。
 しかし一面日本の現実の姿はどうであろう。先ず土地の問題を考えて見たい。
 敗戦により朝鮮・台湾・樺太・沖縄を失いその上あの広大な満州も完全に離れてしまった。この現状は丁度明治初年の姿のままである。一方人口はと言うと私達の子供の時代には同胞すべて6千万教えられ歌って来たものであるが,現在は8千万を超え,このままで行くと昭和29年頃には9千万を算えるのではないかと言われている。土地は狭くなり人口は増加する,これで食糧が豊富になると言うことは余程の科学的の大異変のない限り至難事であり普通人では一寸考えられないことである。
 ともあれ,食糧増産は必要欠くことの出来ないことであるが,この際食糧の節約と言う
ことも深く考えなくてはならぬ緊要事ではないだろうか,増産をし乍ら節約することが今の日本の食糧事情安定の路と私は思うものである。昭和25年度外国食糧輸入計画は375万屯と言う大きな数字であり,この価格補給金は450億と言われている,自然,日本の食糧価格にも大きな影響のあるのは当然である。
 日本の自立は国内事情の安定のきざしが見えねば事実困難であろう,現在のように外国依存主義一てんばかりではなかなかその自立も困難ではないだろうか。吾々は政治のことはとんと判らないが,素人として考えられることはお互いの食糧問題をいかに解決するか,身近い処から考えて行かねばならないと思うものである。
 主穀の増産は最早長い間の題目であった。この間色々な篤農家が名乗り出て、多収穫方法を宣伝したものである。○○式増収法は十指を屈するほどである。しかしここに例を岡山県の米の産額にとって見ると下の通りである。

  収穫高 反収
昭和元年 1,581,753石 1,894石
昭和10年 1,857,645石 2,201石
昭和22年 1,827,946石 2,280石

 上で分る通り昭和元年と昭和22年度を比較して見ると,作付面積に多少の相違はあることと思うが,20万石の増収であり,反収は4斗弱の増収になっている,あれほどやかましく増産を叫んでも斯くの通りである。これは単に岡山県のみであるが全国的に見ても5千万石前後の往来にすぎない,このような事実から考えてこの際お互いに考えなくてはならぬ問題は,いかにして食糧を節約するかにある,しかし増産はあくまで科学技術の振興を期して之を実施し乍ら,節約することは勿論である。斯く考えて来る時吾人は「食生活」と言うことに思いを至し,之に深い検討を加えて改善しなくてはならぬ。(未完)