ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年7月

随想

緑の朝

△天気のよい高原の牧場の朝。5時半頃とびおきて家の前に出れば樹々は朝霧に濡れて緑の色は一層濃く遥かかなたにかすかに街を眺め,洵にすがすがしい心持である。胸一杯に大気を吸って深呼吸数回。前日の疲れも何処へか,今日1日の活動を楽しむ元気が横溢してくる気分は,都会にいては味わえないものである。

△少し離れた事務所に行けば,既に綺麗に掃除されて明るい。煙草を一服つけて畜舎に行く。場員は概して若人が多いので,よく活動精神に富み張り切っている。先ず乳牛舎だ。係員は各飼槽に飼料の分配調整に急がしく,餌を貰った牛はかぶりつく様に勢よくおいしそうに食べるのを見ていると洵にうれしい気がする。第9キングの前に立って暫く見ている。200数10貫の巨体を動かしておいしそうに食べている。体積の充分な,胴伸びのようこの名牛はよく働いてくれ,作州路の乳牛改良の基であり,当場の宝だ。自分は在場の日は朝の飼付時には必ずこの牛の前に立って暫く眺めていることを楽しみにしている。飼付が終れば搾乳だ。いまは4頭しか搾るものがいないが,乳がバケツに音を立てて搾られているのを見ると,働いた甲斐が表われた様に考えられてうれしいものである。

△豚舎は古い建物でまだ仮のものだ。近く出産する者が2頭いるが目下は仔豚がいないので朝は一応追出してその間に飼料の調理をする。豚食いというか,ちゃぶちゃぶと勢よく音をたてて食い込む様子はまた一興といおうか。

△十数頭の候補種雄牛が一勢に元気よく餌を食って居り,係員はボロ出しに急がしい。食い終れば若牛は奥の山に放牧する。元気よく走る牛……後から追って行く係員。本県は全国屈指の和牛生産地で,全国津々浦々に行って和牛の改良,農業経営の改善に貢献している。然し将来一層の改良増殖が必要でありその基盤となるべきこれらの牛の元気な様子を見るにつけ,吾々にたいして将来一層の努力が要請されていることを思いつつ牛を見る。これがやがて本県和牛を背負って立つ名牛たれかしと祈る気持になる。
 和牛舎は一番高い処にあるので,四方を見渡せば洵によい心持だ。一宮の部落には,朝餉の煙が上っている。山は緑。一番のバスが下って行くのが見える。

△鶏鳴に明ける鶏舎に元気な鳴声がきこえる。育雛舎に入れば,4台のバタリーに元気なヒヨコが沢山にいる。産めよ殖せよ。多産鶏はここからだ。

△緬山羊舎は一番奥だ,メエメエ鳴く,洵に愛らしいものである。親仔入り混っておいしそうに餌を食べている。近く県境の大牧場に移転しておいしい草を沢山御馳走してやるぞ。

△奥の池は底深く黒ずんだ色をしている。さきに放牧した若牛が遊んでいる。池には鯉の稚魚をはなしてあるが,まだ余り大きくなっていないかも知れぬ。

△農場は始業が30分遅いので,この頃から仕事にかかる。今日は田の畦塗りであろう,素足で鍬を持つて田圃の方へ行くのが見える。今年の豊年を祈念する気持になる。

△畜舎は朝食前の作業を終って三々五々下へおりてくる。朝食前の作業……先ず家畜に……そして朝飯……気分もよい,飯もうまい。こうして日々丹精した家畜が,又作物が大きくなって行くのは何にたとえようもないうれしいものだ。牧場生活の良さは,ここにあるものと思う。8時のサイレンが勢よく鳴った。(25.5.3,於作州牧場)