ホーム岡山畜産便り岡山畜産便り昭和25年8月

和牛特集

和牛調教のコツ

三原作之治

 牛の調教とは,一口にいいますと牛に良い習慣をつけ,その牛の取扱上及び使役上に便ならしめるとともに最大能力を発揮させる様にする事である。今日まで諸氏の述べられて居ります処の調教法とは異なる点又は加える事を私が和牛調教のコツとして記して見よう。牛は元来野生動物であったものを祖先が馴化したものであるから時と場合に依ては野生を発揮し危害を加えないとも限らない。これは牛の自己防衛とでも言われるのでしょう。人は往々にして人類に対する反抗であると即断している様であるが,実際は反抗ではなく寧ろ恐怖の結果と言わなくてはならない。だから我々は少なくとも牛にたいし人間を恐れぬ様に教えてやると同時に猶彼等を意の儘に各用途に応じて取扱い得る様にしなくてはならない。牛も動物であるとはいいますものの崇高な智能と感謝とを保持するもので有ると私は信じます。斯様な牛そのものの性質なれば常に愛撫の精神を以って当り人畜親和し人の心と牛の心とが同じ気持ちで最後まで調教する事が調教の真髄であり第一要素である。

写真説明 三豊五号調教のところ 三原佐之治氏

○調教者としての注意

 調教を行う場合に特に注意しなければならない事は,その人の気持と態度である。もとより牛に対して言葉や声の高低により我々の意志が通じる者ではない,只追網のみによって伝達するのであって以心伝心とでもいうか確固不動の信念と忍耐力とはよく意志を牛に伝達し柔順にしてその命に服せしめ十二分にその能力を発揮させる事が出来るのである。若しも調教者が精神上の不安危惧,忍耐心の欠乏或は技術に対する確信の欠乏等がある場合には必ず良い結果が得られない。だから調教を行うに当っては沈着にしかも強き忍耐力をもって徐々に牛を自分のものにして行かなくてはならない。調教するに際しては牛の気質を早く知る事であり,綱の強弱によって牛の精神を不安焦慮させる許りでなく,時には却って反抗心さえ引き起こす事になって決して効果は得られない。須らく終始愛撫の精神と親和の精神とをもって牛を征服する事が肝要である,何時たり共調教者の気持が型に合致した時,即ち打った網に牛の動作が出来た場合には常に愛撫してやる事を心に忘れてはならない。

○調教の時期及び時間

 夏季日中の如く日光直射し,又虫群の来襲する時は牛の安静を欠ぐ為朝夕涼しい時満腹時を見計らって行う事,又食後1時間程度経過して,休憩は調教の型に何にか1つでも出来てから愛撫し10分乃至30分間程度を休憩させる事。

○調教を行う場所

 平坦で広い処が良い,そして足元の石のない処を選ぶ,道路若しくは障碍物等がある場合には右につけて追う事が肝要である,すると広い所に出た時に何等支障がない。

○追綱の形状

 調教する牛によって異なるが柔軟で中古品が良い。
 鼻の弱い牛には細い軽い綱を用い鼻の強い牛には太い重みのある綱を利用する。

○追綱の附方

 鼻環の台木,中央部即ち頬綱の分れ目に上から下へ通し引きほどき結びにして置く事

○調教者と牛の位置

 牛により種々異なるが最初は鼻より2尺乃至3尺位に綱を持って打ちかけ順次定位置に下り牛の右後肢の斜1歩後ろに牛背線の見通しのきく所が定位置である。諸人の調教せられるは牛の真横にて追うのを点々見受けますがこれは不可である。調教して畜力利用の面で耡を使用する場合にはどうしますか,「牛の癖は人間が教えるのである。」然し牛の性質により前後左右適宜に斟酌するのがよい。

○綱の持方

 綱は適宜に緊張させた程度で右手の甲に1回転させた後固く握りしめ手は自然の儘たれて綱が腹の真中より上にならない様に常に気を付けてやる事が肝心である。

○順次的調教の動作

(一)頭を挙げる綱の打方

 鼻環を綱で下におさえる如く打つのであって綱の余裕を生じた部分を鼻環の位置,即ち綱元に集中させ此の集中した綱の力が鼻環をおさえれば反抗心を利用して牛は必ず頭を挙げる,この挙げる程度は首の上線が肩より少し上り目になる程度で良い。然し首の長短により異なるが平均此の程度とする。これが牛調教の基本動作であるから最もこの動作には力を注ぐ事が必要であり,調教者の気持と合致しない限り絶対に前進させてはならない。

(二)前進させる追方

 追綱を握った儘動かす事なく「シッ」と前進の声を掛ける,この前進に当っては頭を挙げた儘の姿勢で前進させる。この場合調教者も定位置をかえず牛と同一歩調をとる事。

(三)停止させる場合

 調教者は前方に向った儘,しかも腕を動かす事なしに「バア」と停止の声を掛ける。この場合は前肢の何れかを半歩進めて前肢を揃えさせ後肢の何れかの1本を後に引いて停止したら直に愛撫して牛を喜ばせる事が肝心である,この場合牛の姿勢と前肢の何れかを半歩出す瞬間と追綱で止める3条件が同一でなければならないので調教中最も重大要素である。

(四)左廻りの綱の打方

 左廻りをさせるには綱の余裕を生じた部分を鼻環に集中させ鼻先を左に押す如く「アセ」又は「サシ」の掛声と同時に綱を打つのであって牛の体に綱をあてない様にする調教者は動かないで牛を命に服させる事が必要である。

(五)右廻りをさせる場合

 この時には調教者は動かないで綱を極端に引かず牛の姿勢が崩れぬ程度に綱を引く様にしなければならない。

(六)後退の綱の打方

 後退をさせるには綱の余裕を生じた部分を鼻環に集中させ鼻先を前より後に押す如く「ジョレ」の掛声と同時に綱を引くのである。この時牛の姿勢を真直にした儘後退させる。
 以上各項とも牛の動作により強弱及び連続を斟酌すれば良いのである以上で調教は出来上るがその他種々の動作及び状態に応じ綱を併用する事がある。この場合は調教者の技術及び牛の性質等により異なった綱を併用しなければならないのである。

○調教者の最後的注意

 調教が仕上るにつれて牛に綱を除々に軽くして行い愛撫の中に牛そのものが不満を抱く事なく平常の状態で調教を覚え込んでしまう様調教者は努力し,最後には「バア」の声だけすれば四肢とも揃え綱入らずで姿勢を正す様仕込む事が大切であり,牛によって動作緩慢な場合には前進停止,後退,その他諸動作につき反復訓練する。調教者は良く牛の心を知り休憩,愛撫を怠らない様特に注意しなければならない。
 以上諸人の調教と相違の点を「和牛調教のコツ」として私の真髄を申上げた次第であります。

(筆者は三原式調教の創始者)