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和牛特集

備前の肉牛

渡辺石三郎

 本県産牛は周知の通り役肉用牛として品位があり,温順で,粗食に堪え,力強く,粘りがあるばかりでなく,その肉質は美味にして賞味され好評を博しているのである。古くより肉牛として全国に名声のある三重,滋賀の肉牛の素牛は往時より本県産牛が流れ出ているものが多いのである。顧れば大正14年頃県当局はこれが農業経営上最も有利な点に着眼し,30余の肥育組合を設立し22ヶ所に牛衡器を備え本格的に肥育技術の指導に乗り出したため非常に躍進を見,東京大崎家畜市場塩住市松氏を本県畜産組合連合会嘱託員として毎月数車を出荷し料亭今半太田屋,未久等を通じて備前の牛肉を都客の食膳に供して賞味されていたのである。その当時業者として故霜山幸次郎,東森彌蔵,高原績,阿部島吉の諸氏が盛んに大崎,三の輪の両家畜市場に相当出荷し併せて阪神方面にも故杉本若之吉,水内初太郎,阿部島吉の諸氏が相当出荷して取引を行ったので殊に備前の田上げは有名で大多数共同出荷をして常に好評を博していた。その品質に就ては東京,大阪の市営屠場落成記念肉牛博覧会に多数出品して優秀な成績を得たと共に中国6県畜産共進会において毎回優秀な成績を得ているので備前肉牛が如何に優良であるかが証明されるのである。以来順風街道を前進していたが中途満州事変の突発で飼料に変調を来し食糧供出の制度が強化されるに及んで漸次肥育事業は影をひそめ沈退の状態となり,只6,7合肉程度のものを地方に供給する程度になっていたのであるが,昨今食糧の見透しがやや好転して再び肉牛の造成の機運に向い,練達の士相集り肉質及び骨味を吟味して肉量の多き良質のものを多産すべく万策を講じている。
 本県の素牛はその産地が北に中国山脈をひかえ肥沃な,山林原野に富んだ天与の放牧場で育ち繁茂せる青草を満喰し,カルシュームに富んだ清泉湧出の間で遊び中間地帯で耕耘運搬の用をはたし,4,5才にして耕地広大な備前の平野に這うのである。備前は日清製粉及び中国飼料両会社をひかえ飼料は豊富にして飼育の裕な適地である。かかる天恵の地帯において性質が温順で,肢の短い胴張りの良い,伸のある,被毛の良い,皮の薄い,骨味のよい,脂肪の平等な,肉質の美味な,歩留りの良い,肉牛が出来るのである。長期肥育のものは殆んどサシが這ているのが普通である。

○牛肉の移出し得る1ヶ年の見込頭数は

御津郡(岡山市を含む) 800
赤磐郡 1,000
上道郡 300
和気郡 300
都窪郡 800
児島郡 300
 計   3,500

 (筆者は赤磐郡畜連参事)