ホーム岡山畜産便り復刻版 岡山畜産便り昭和25年9月号 > 作州においてこれから酪農を志す人々に(1)

作州においてこれから酪農を志す人々に(1)

津山畜産農場

一. はしがき

 最近作州においては酪農が一層勃興してきた様に思われる。各地に酪農研究会とか座談会が開催されて自分が御邪魔する機会も多い。行って見ると現に乳牛を飼育している人は勿論出席しているが乳牛飼育の必要性を認めこれから酪農をやろうという人が非常に多いのは洵に頼母しい限りである。農村振興上将又酪農発展上喜ばしい現象と思われて同慶の至りに堪えない。会に出席した処では自分の考えを話して参考にしてもらっているが作州と申しても地域広く行かない町村が非常に多いのでこれらの地方においてもこれから乳牛を飼育しようと考えている人が多いことと思うのでこれから酪農を志す人々の御参考にもなればと思ってこの誌面を借りてその一端を極く平易に述べて見たい。

二.作州酪農の展望

 △作州は1市5郡その面積は相当に広い。北部は中国山脈を背負って土地宏大良草に恵
まれ古来優良和牛の名産地としてその名は宇内に高くその産牛は県外各地に販売されて農業上至大の貢献をなしていることは周知の通りである。乳牛は津山市その他の町に従来市乳用として専業者の人が飼育しているものは相当数あったが農家の飼育にかかるものは極く少なかった様である。作州地区の農家にたいして積極的に乳牛を導入したのは7−8年前であったろうか,飼料研究家として有名な福渡町の吉岡隆二氏が県産連に勤務されていた当時預託事業として乳牛を買入れこれを農家に貸付されたのが初めではなかったかと思う。当時は戦時中のことではあり濃厚飼料は勿論諸資材著しく窮屈の時代であったので初めは元気を出して飼って見たが仲々思う様に行かず遂に投げ出して牛を御返ししたいといって吉岡氏宅の門前に牛をつないだということもあったという状態で吉岡氏の御苦心一方ならず作州酪農の黎明期も仲々困難なものであった。
 △それから岡山県農業会が誕生してから農業経営上酪農は是非共必要であり作州地区の状況に鑑み乳牛飼育の余地も多いのでこの地方に乳牛の増加を図りその産乳を集めて乳酸品を製造したいとの計画を持ち県とも協議の結果大野会長の時この方針が決定した。しかして乳牛の積極的導入を図ると同時に東津山に農業会直営の酪農工場を設置することになりこれに対する準備も着々進行して行った。か様にして先進地たる北海道千葉神奈川兵庫その他の地方から乳牛が遂次導入されて作州地区の各地に飼われる様になった。当時農家にして乳牛飼育を希望する人も比較的多かったので導入した牛の配置については大した困難もなかった様であったが只将来産乳集荷の場合のことを考えて今少し集団的に入れておけばよかったと思われるが多少点在した処がありこの分は後になって乳の処分に困った処もできた。その後農業団体は勿論県においても斡旋を行い又当業者自身でも導入して乳牛の頭数は著しく増加し現在においては酪農家500戸乳牛飼育700頭(専業者を除く)を算するに到った。
 △かくする裡に酪農工場も極めて困難な情勢裡に当時農業会畜産部長をしておられた奥山氏初め当時者の苦心努力によって漸次諸資材も整備し工場の容相を備えるに到った。その後岸本氏が経営に当たられる様になるに及び氏の卓越した経営手腕と末沢副会長外役職員の人々の努力によって今日の充実を見るに到った。この工場は他に例の少い協同組合組織で工場と農家と一体のものである。工場は農家の心臓であり作州酪農発展上極めて重大な使命をもつものである。工場のことについては何れ後で述べることとする。

三.酪農には如何なる特点があるか。

 △今更酪農業の重要性なり又その特点をここに述べてみたところでこれはも早や一般に周知のことであり釈迦に説法の様に思われるが酪農は乳牛を飼育して牛乳を生産しそれを工場に販売して利益を得る外にまだまだ重要な特点があるので折角乳牛を愛育する上はこれらの点を十二分に発揮して乳牛飼育による恩恵を最高度に享受する様に心掛けることが必要と思う。地方へ行って見ると案外これらの点が充分了解できていない向が多い様であるから蛇足かも知れないがその主な点を一応述べることと致したい。
 △酪農の経営によって農家が受ける収益の最たるものは牛乳生産による収入である。物価が著しく高騰し農村に金が沢山あった過去の様な情況は恐らく将来は来ないであろうし金詰りの下に相当多額の税負担を負い農業を経営するには農家も仲々困難である。米麦等の主作物は一時に相当の現金収入は得られるがその時期は年間2−3回に限られ又肥料その他支出も僅少でないので農家としては日々相当の現金収入を得ることが是非共必要でありこの点からすれば乳牛飼育は最も適当なものである。適当の乳牛を飼い飼養管理妥当ならば収支において必ず相当額の黒字の出るこの事業は農村の福の神をも申すべきか。
 △次に大切なことは乳牛の飼育により………地力の増進,作物の増収,労力の補給等………これによって有畜営農を実践し以って耕作関係の実績を向上せしめることである。作物の増収には先づ地方の向上が必要であるがこれには豊富なる肥料の供給を必要とする。然し金肥の多用は先づ多額の経費を要して収支相償わず又その運用によって土地を悪化せしめることになる。即ち厩肥の施用こそ多収穫の根源で乳牛を飼育すれば必然的に厩肥ができるのでこれを施用すればよい。肥料の統制も解除になり金肥は将来豊富に供給されるであろうが金肥を使えば使う程厩肥を一層多量に使ってこそ最良の成績が得られるのである。………家畜なければ肥料なく,肥料なければ農業なし………という言葉は何も外国の言ではなくして無畜農家の多い日本においてこそ正に至言でなければならない。厩肥こそ農業の基………国の基であり瑞穂の国はこれから生れるものと心得べきであると思う。当畜産農場は極めて土地が悪く作物の収穫極めて低位にあったが創立後3年有半その間生産される厩肥をどしどし耕地に施用し他の肥料はほとんど使わず厩肥によって地力の向上に努めた結果その成績は歴年向上しつつあるがまことに以って厩肥の効果を実際に顕はしているものである。
 △乳牛は乳を生産するのが主たる使命であるがこれは或る程度役用に使って結構である。
初産迄の若い内は勿論経産牛であっても分娩前後各1ヶ月位を除いては農作業に使用して差支ない。ただ搾乳中のものを使うと乳が或る程度減少し高能力のもの程減少率が高いので日産1斗以上のものについては役用に使わない方が経済上得策である。それ以下のものについては減少の割合も比較的すくないので和牛のいない処では使って必ずしも不利益でないので自家の牛の状態をよく観て使用するのがよい。
 △次は酪農の重要性は農民生活の向上にこれ以上のものはないということである。終戦後外国の生活様式………文化の導入によって従来の日本農民の生活が総体的に如何に低位であったか………体格が貧弱であったか………子供の発育が悪かったか………ということを知った。これは日本国民の食糧がほとんど米麦中心の澱粉質であり脂肪,蛋白質を採ることがすくなくないからであるということに基因することを教えられた。生活の改善………現在の日本にとり最も重要なことだが………容易にはできない。殊に食糧の改善は理屈抜きの嗜好を伴い又経済上から見ても長い間余程の努力を払わないと困難の様に思う。1升飯の代りに………脂肪を………蛋白質を………これは牛乳によって実現される。牛乳さえあればこのことは最も早く実施できることを思う時酪農業の重要性と有難味とを改めて痛感せざるを得ないのである。自分の家で乳牛を飼い毎日牛乳を搾っておればその内或る程度を自家消費することによって農村においては極めて容易に食糧改善を実行することができる。これから酪農に志す作州の人々よ!!乳牛を飼いこれを可愛がり乳を沢山出させて一家団楽と繁栄の楽みを得られよ。

四.如何なる牛を選んだらよいか。

 △酪農を始めるには先づ牛を得なければならないが何といっても牛が基であるから最も適当な牛を導入する様にせねばならない。しかして最も大なる収入が乳であるから乳をできる丈沢山出して呉れるものを選択することの必要なことは申す迄もない。然し乳牛を飼われる人は能力の高いもののみを目標とすることは考えなければいけないと思う。乳牛は家畜の内で最も高度の技術を要するものであり能力の高いもの程外界の感作,飼養管理の変化に鋭敏であり事故も起りやすいものであるから初心者の人には寧ろ余り能力の高いものでない方がよいのではないかと思う。即ち8升−1斗程度のものがよいと自分は思っている。か様な牛を入手して一面飼い方の技術も会得しつつ経営すれば最も適当ではないかと思う。しかして将来技術も習得できた暁にはもっと高級な牛と入替る様にするとよいと思う。又最初は必ずしも純粋種でなければならぬことはない。高等登録の系統なれば申分ないが価格が高いので資金関係もあろうし又初めての人には最初からはよすぎる様に思うので最初は雑種でも可なりな能力のものが沢山いる。資金において都合がつかなければ未経産牛を購入することも止むを得ないができ得れば2−3産のもので購入後最速搾乳できるものがよいと思う。
 △これで乳牛の購入の大体の方針が決まる訳だからさて然らば牛個体に当っては如何なるものを選ぶべきか。個体によって千差万別であるから充分個体について詮議の上適当と思うものを入手する必要がある。審査標準によって検査するということであれば初心の人には困難であるからここでは極めて判り易く牛個体の選定上について留意すべき主な事項について概説してみたい。(以下次号)

座右の銘

 △津山畜産農場は去る4月開場式を行い愈々本格的事業に邁進しつつあるがまだ建設も相当やらねばならぬし県下畜産振興の基として将来その事業を一層推進する必要があるので場員の座右の銘とも称すべき業務運営基本綱領を制定しこれを信条として将来一層業務に精進することになった。即ち
 一.事業の積極的推進
 二.技術の確信保持
 三.備品の整備
 四.緊密な連絡
 五.懇切な指導
 △これと同時に一面では場員一同が軟かく和気あいあい裡にしかも元気で仕事を進めていくために下の標語をたいしてやることになった。
 一.働く農場
     県下農家の道しるべ
 二.農場を
     背負う気持で若い意気
 三.丸い輪を
     心でえがいて明い場に
 四.若人よ
     来れよ牧場家畜の道へ

(25.8.14)