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岡山の畜産界に寄せて
─ 葦のずいから故郷をのぞく ─

北本 譲

 「岡山畜産便り」が創刊され,私の所に送られて来る様になってから,私は30有余年親しく踏まぬ故郷の土が急に恋しくなった。そして「畜産便り」を通じて知る岡山県畜産界の隆々たる発展ぶりに非常な力強さを覚え,毎号雑誌の到着するのを心待ちにしている。
 又畜産課長に惣津さんがなられたことも,私の思い出を一層新たにし,岡山に対する望郷の念を益々深からしめている。
 惣津さんは,今から18,9年前,私が東京で「農業と機械」「農業副業」などの雑誌をやっていた当時,色々御世話になり,特に私の所の飯村と言う記者などは,原稿が足りなくなるとよく惣津さんや見坊さん,内海さんなどに無理を言ったものである。其後私は大陸に渡り,あちらで矢張り農業や開拓関係の出版活動を行っていたが,戦争中は南方にかり出され,同じ久米郡出身で警察畑の国米,河南氏などと原住民に対する文化工作に従事している内に終戦となり,12年ぶりでボロシャツ1枚のみじめな姿で土を踏んだわけである。

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 さて「岡山畜産便り」も,創刊号は表紙に題字と目次と巻頭言と奥附とカットが雑居していて,いかにも各家畜を綜合する畜産課らしい編集ぶりにドギモを抜かれたが,この編集者仲々ツボを心得ていると見えて,2号よりは3号,更に3号よりは4号と言う風に,真打ちの浪曲師みたいにだんだん声量を増しゼスチャーを加え人をひきつけて行く手際は,正に非凡の手腕である。

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 ところが「岡山畜産便り」を見ると,酪農も中々盛んな様であるが,永らく外地にいて岡山の事情がよく分らないけれども,この酪農が戦前既に相当発展していたものか,それとも戦後の例の酪農熱に刺激されて急激に膨張したものかによって,今後当然直面する酪農の嵐にどれだけ耐え得られるかが問題であると思う。
 近頃中央の会議などによく出て来る各府県の酪農代表の内には,その発言ぶりから推して酪農の事を本当に知っているのかどうかを疑いたくなる様な人が少なくない。どう想像しても1升2銭3銭の酪農どん底時代に歯をくいしばって耐えて来た人ではなく,戦後流行病的酪農熱の波に乗ってのし上った,アプレゲールの酪農代表らしいと思われる者が多い様に思える。

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 こう言う人達の発言を聞いていると,実に酪農を甘くみていて,口には酪農の危機だとかああして呉れこうして貰いたいなどともっともらしい事を言うが,さて具体的にはどうすべきかと言う問題となると,カラッポである。そして酪農家の一人一人に負担のかかる様な出費問題でも,県の面子,組合の面子,自分の面子(これが一番のねらいだが)を立てるために至極あっさり賛成したり引受けてしまって,見ている方が反ってはらはらさせられる。先年,九分通り実現不可能と言われた牛乳の綜合供出運動の会議の際,「運動費は幾らでも引受けるから派手に運動して呉れ」と大見得を切ったのは何県の何と言う代表だったか知る人ぞ知るである。
 こう言う場合,酪農民の収入が少しでも減ったり削られたりするのに反対して強硬な意見を吐くものは,大抵前に述べた様な2銭3銭時代から同志の先頭に立って苦労して来た本当の酪農代表である。この人達の発言は,戦後派代表の様にハッタリや美辞麗句をならべて少しも核心にふれない附け焼刃と違い,いつも急所をついている。
 岡山県の酪農代表が,このどちらに属しているかは,県民の皆さんがよく知っていると思うので遠慮するが,兎に角酪農は決して農業恐慌を救う唯一の護り神でもなければ,防波堤でもないと言う事をこの際お互いは認識すると共に,つまらない見栄のために失費することを極力避け,1銭でも多く酪農家の収益を増す様指導者たるものは心掛けるべきである。

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 これ何も酪農だけに限ったことではなく畜産全般について言えるが,特に酪農に於ては,いかに牛乳を高く売ろうかとか,いかに乳牛を高値に売ろうかと言うことよりも,いかに失費を防ぎ生産費を切下げるかと言う事が最も大切なのである。そして酪農を農業経営の中に完全に溶け込ませ,「乳牛が居なければうちの農業は成立たないんだ」と言う所まで経営の多角化と生活の合理化を図るところに酪農の意義があるのであって,牛乳代が安いとか高いとか言って牛乳にだけ頼っている酪農は,サーカスの一輪車乗りと同じ曲芸酪農と言うべきで,牛乳営業の専業者でない限りやるべきではない。
 真の文化的酪農は,先ず自分達が充分に牛乳を消費し近隣にもその恩恵を与えて食生活を改善し,余ったものを売ると言う所まで行かねば達成されない。欲しがる子供達をしかりつけたり近所に病人や母乳不足の乳幼児がいても知らぬ顔をして出荷している内は,酪農は決して発展しない。

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 酪農にも前に述べた様に牛乳代だけを目当ての「1輪車酪農」の外,牛乳代と肥料を目的とした「2輪車(自転車)酪農」,2輪車に労力の合理化を織込んだ「3輪車酪農」更にこれに生活の改善及農業経営上の綜合的合理化を加えた「4輪車(自動車)酪農」と色々あるが,我国酪農は最も進んだものでもせいぜい3輪車(オート3輪)程度で,大部分はまだ自転車である。それでも自転車の域に達したのは良い方で,戦後派の酪農熱にうかされて飛込んだ者の多くは大抵1輪車組である。
 この様に,今までの酪農の大多数は基礎工事をせずに建てた家の様なもので,極めて不安定で,乳価が上ったり下ったりするたびにぐらぐらしていたが,これからの酪農はこんな事では全然役に立たない。農村恐慌の嵐,酪農の嵐は,キティ台風やジェーン台風どころではないと考え,お互いに早急に補強工事を急ぐ必要がある。

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 その点和牛は流石に伝統があり完全な基礎工事の上に立っているだけに,安心の様である。しかし他府県でも和牛の不動性に着目し,本場の長所だけを巧にとり入れて次の時代には本場のノレンを奪ってしまおうと努力している所も少なくなく,食肉界の評判等もそうした新進地方に好意的になりつつあるから,古いからと言って安心し研究を怠ってはならぬと思う。

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 なおここで,地理的にも,農家の経営規模の点でも,其他色々の点から見てすこぶる好条件に恩まれているのに,緬羊があまり普及していないのはどうした事であろうか,緬羊は山間部はもちろん,養蚕地帯に最適の有望家畜であることは言うまでもないので,好適地帯には少なくとも1戸に2頭平均は普及させたいものである。幸い惣津課長はこの道の大権威なので,私は大いに期待している次第である。

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 とに角,岡山県は,東の静岡県と共に農業及畜産の面では,あらゆる点で好条件に恵まれていることは天下周知なので静岡に負けない様,全般的にもっともっと水準を高めることに総力を集中すべきであろう。但し功をあせり面子を気にするのあまり徒らに頭羽数ばかり揃えたがることは,今後の畜産の在り方としては感心出来ない。これからの畜産は質の充実が第一である。それには先ず何を措いても質についての理解の出来るしっかりした人物をつくる事が必要である。中央の会議に出て苦笑させられる様な軽薄な大見得を切る人間を100人ならべるよりも黙々と土台石に甘んじて精進する確りした人物一人をつくる方がどの位効果があるか分らない。

(筆者は久米郡出身 著述家)