ホーム岡山畜産便り復刻版 岡山畜産便り昭和25年11・12月号 > 牛の流行性感冒に継発する咽喉頭麻痺に就て

牛の流行性感冒に継発する咽喉頭麻痺に就て

昭和25年10月16日
農林省畜産局衛生課

 牛の流行性感冒は10月12日現在既に28万頭を突破し今尚相当な流行を見ている。最近その病勢には悪化の傾向が見られ咽喉頭麻痺を起して死亡するもの多く,兵庫県のみにおいても既に500頭以上を算している現状であるので,その原因を探求し,治療の方法を確立するため,東大の越智,山本両教授及び日本装蹄協会木全博士は去る10月6日より10日に至る5日間にわたり,兵庫県において牛の流行性感冒に継発した咽喉頭麻痺を主徴とする特殊病型の調査にあたられ,その概要について報告があったので,取り敢ず本病の臨床的所見,病理解剖学的所見及び治療法等を抜すいして診療に当られる各位の指針とする次第である。

一.臨床的所見

a.流感は一度罹ると高熱を発するがこの熱が分離してから約1週間あるいは流感が一度快復したと思われてから1週間内外で本病型が突然発生する。体温は殆ど平温に近いものがある。

b.本病型は,飲思が旺盛で,飲水させると直ちに或は少時間をおいて鼻孔と口より粘液を含んだ水を逆出する。これは殆ど無色で酸臭を帯びず,胃の内容の嘔吐でないことが特徴である。食欲は初期にはあるが経過と共に減退して行く。

c.口角には常に泡沫を出し,又は咀嚼した飼料を含んだ着色した粘液を漏出し,飲水後は湿性の咳嗽を発して水を逆出し呼吸は促迫する。

d.第1胃の蠕動音は微弱であるか又は廃絶し,小腸の蠕動は微弱である。末期に至ると下腹部の指圧により第1胃の内容が硬固か又は磐状感を呈しているのが触診できる。

e.糞塊は著しく硬固で山羊糞大となり剥離した粘膜様のものを被っている。末期には血液を混じた粘液が附着している。

f.第1胃に穿刺を行う際逆出するガスは病状が初期のものは無臭であり,中期のものは酸臭を帯び末期のものは腐敗臭を呈している。このガスの臭気は本病型の予後診断に役立つ。

g.気管音は粗獅ナあり飲水後は殊に甚だしいが,肺胞音が粗獅ナあることは少い。

h.皮温は不整であって,末期に至れば耳,四肢端は冷感がある。

二.病理解剖学的所見

 剖検例数は3例にすぎないが,その主要な病変について記せば次の通りである。

(イ)斃死例について

 第1胃,第2胃,第3胃,の内容物が甚だしく乾固である事,第4胃,十二指腸,空腸,廻腸,盲腸の粘膜に充血があり,特に第4胃及び盲腸では粘膜の充出血が著明で,内容物が小豆色を呈しているのが注目を引く。
 小腸では樹枝状充血があって,その周囲に漏出性の出血が見られるが,この様な変化は内容物が瀦溜している部分に強く起っている。呼吸器では鼻腔,咽頭,気管,気管枝等の諸粘膜に充血があり,特に気管及び気管支内に食物が停滞していることは,最も特徴的な所見である。
 他に実質臓器の溷濁腫張等が見られるが,それ等は余り著明なものではない。
 又軟脳膜に浮腫が見られた。

(ロ)屠殺例

 屠殺例では第4胃及び小腸,盲腸における状態は,ほとんど正常なものに見る状態である。又呼吸器の病変も軽度であり。脳髄における軟膜の軽度の浮腫を見た。只特異な所見として,鼻腔において,飼料として採食した物の一部が認められることである。
 この事は臨床的に水及び飼料の鼻孔からの排泄という形で認められる事柄の死後の解明という事になりこの種の病例の最も特徴的な所見であると考えられる。

(ハ)考察

 斃死例における消化器の充出血は内容物の一定期間以上にわたる停滞,不動及びその変敗等によるものと考えられる。
 この変化は病期の終末期に近づいて著明となるものの如く,屠殺例にはこれが見られない。
 飼料飲水等の鼻腔内,気管内等における存在は,咽喉頭部の機能失調に基因するものと考えられる。この機能失調はこの部の形態学的変化が認められないから,その原因は神経性,或いは中毒性のものと考えねばなるまい。

三.臨床的特殊診断法

 本病型は,甚だしく渇を覚え,飲思は旺盛であるので,飲水試験を行うことがよい。この場合必ず飲水しながら又は飲水直後多量の粘稠液を鼻孔より逆流する。又この際必ず咳嗽を伴い,咳嗽と同時に粘稠液を逆出する。
 これは咽喉頭部の交感神経の支配下にある反廻神経の麻痺による会厭軟骨の閉鎖不全のため飲水の一部は食道から胃に入るも,大部分は気管,気管支及び顔面竇内に侵入したものが逆流するからでこの病状は本症診断上重要な症候である。
 胃内に入る水の量は病勢により異るが生体を解剖した例では約1/3量が食道を通って胃内に入り,残りの2/3量は気管,気管枝内に,或は上,中,下の3鼻道内及び上顎竇内支に侵入していた。

四.治療

(イ)治療方針

a.体内の水分の欠乏を補うことが絶対的な必要条件である。
b.剖検所見において咽喉頭は炎症を起しておらず交感神経系の麻痺を診断出来るのでこの麻痺を速に緩解する処置をとること。
c.体内の水分不足に伴い第1胃の内容も硬固となり,益々毒素は蓄積されるので速かに解毒の処置をとること。
d.剖検所見においては末期に至る迄消化器には著変はみえないが,それ以後死の直前において充出血を伴うのが特徴であるからその症状によっては止血法を講ずること。

(ロ)対症療法

a.第1胃へ直接水分の注入
 左?部の中央より太めの套管針で第1胃を穿刺し内部のガスを検しながら徐々に排除した後,これにゴム管と漏斗を連接し1%内外の微温食塩水を徐々に注入する。冷水はショックを起す恐れがあるのでさけるが良い。注入量は成牛の中型牛にあっては7升乃至1斗5升迄は注入出来る。
 但し症状及び動物の年齢により量を加減する必要がある。
b.浣腸
 流感の初期には浣腸は禁物とされていたが,この病型では速かに体内への水分補給が必要で,腸炎の予防上1%の微温食塩水を注入し,硬固な宿糞を完全に排除することが必要である。
c.塩化アドレナリンの皮下注射
 交感神経の支配下にある反廻神経の麻痺を速かに緩解するため,1,000倍の塩化アドレナリン溶液を体重10貫に対し0.5−1.0tの割で皮下注射を行い麻痺状態が消失するまで1日1回連用する。これは100%の効果は期待出来ないが口角から泡を出すのはよく止り又軽症のものの麻痺は緩解するようである。
d.転化糖の静脈内注射
 解毒作用を行うには30%の転化糖を1日1回100−200t静注し連用する。
e.ビタミンKの静注
 末期に至り腸炎を起したものは剖検所見よりして毛細管の出血が認められるので強力な止血作用のあるビタミンK(カチーフ)を成牛には,1,000−1,500r(実量50−t)を血便の止る迄静注する。
f.その他症状に応じ強心剤を用い,又葡萄糖,塩化カルシウム,ビタミンA1等の栄養剤を応用する。

五.看護法

a.流感経過牛の管理
 流感経過中で下熱期にある牛及び下熱して快復した如く見える牛でも少なくも7日−10日間位は体力を消耗し疲労を起させるよう使役をさけることと,濃厚な飼料の給与は行わず可消化性の流動食を少量に留めておくこと,これは厳重に守る必要がある。
b.発情時の注意
 流感経過牛は発情直後において,本病型に罹り易いように思われるので特に発情時は注意を必要とする。
c.発症牛の管理
 飲水試験により逆流症候を呈するものは,反廻神経が麻痺を起しているので誤嚥のおそれがあるから麻痺が緩解するまでは口網を装して,飲食物の摂取を禁止する。
d.腹部の保温
 腸炎予防と腸炎治療のために重症病牛の腹部を保温する。これには普通9升程入る袋2個に各々3升程の糠を入れ煮沸後辛うじて手が触れらる程度になったものを直接病牛の両側の腹部に当てその上から保温に適した布等を巻くのが良く大体2時間おきに取替え2−3日連用する。

六.予後

a.本病型の予後は不良で50%は死亡している。
b.速かに咽喉頭麻痺が緩解した病牛は予後が良好である。
c.逆流が5日以上継続し水分の欠乏のため万一触診で胃が磐状感を呈するようになったものは予後不良である。
d.万一胃の穿刺を行った際腐敗性の悪臭ガスを呈するものは予後が不良である。

七.原因的考察

 この症例に関する原因検索に就ては目下試験中であり,ここに具体的事実として記載することは出来ないが,少なくとも現在の状況から推察して次の事が言えると思う。

1.出血性敗血症(野獣牛疫)牛疫,口蹄疫等ではない。
2.飼料,薬物等種々な外来物質の中毒症状とも考えられない。
3.日本脳炎の一症候か或はこれ自身独立した一疾患であることも考えられ,目下検索中であり,遠からず解明せられるが,現在の状況から判断して,その疑は甚だ少ない。
4.結局流行性感冒に直接又は間接に関係ある一特殊病型であると推定する。