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こぼれ種

杜陵 胖

◎畜産の祭典である中国連合共進会も盛会の内に終った。岡山勢も万全の準備をもって大挙遠征したが,各部の成績は期待通り優勝であった。会場でも,倉吉の町でも,三朝の湯でも岡山“おかやま”と随分評判になったものである。
“その声”“その話”そして岡山人の落とした“こぼれ種”を…その2つ3つ!!

◎岡山県は出品者と県と県畜連のチームワークが実によくとれていて,見ていて気持ちがよかった,惣津課長を陣頭に立てて課員が手足の如く動いて万事にそつが無かった。出品者とよく連絡して万般の世話もよくしていたようである。
 岡山県の係員は全部白い腕章をつけていたが審査場で家畜の世話から,廏舎での世話,朝夕の巡回検診とこの腕章が実によく動いてくれた。特に29日朝の事故の時には全員現場に駆けつけて応急処置をやるやら負傷家畜の治療をやるやら全く眼覚ましいものがあった。衛生班の持参した衛生材料がどれ程役に立ったか知れない。この時程準備の必要を痛感したことはなかった。

◎会期の前半は降雨に見舞われ,個体審査,比較審査も雨中泥濘の中で行われた。埋立て地の特有のぬかるみには審査員も,出品者も,見物人も全く泣かされてしまった。こんな時和牛のみが式場の屋内を独専して比較審査を行い,その他の家畜は皆雨に濡れて比較をやっていた。乳牛が式場の使用を申入れてもあっさり拒絶された。白い腕章が曰く「共進会は和牛のみの共進会では無い筈だ,出品者の気持ちになってもっと他の家畜のことを考えよ」と……。和牛の生産地である中国地方では県や郡の共進会でもこの傾向が強い。総てを抱擁する大らかな気持がほしいものである。

◎泥濘で思い出したが会期中を通じ参観者の熱心なのには頭が下った。雨の中,泥沼の様な会場で地方から出て来られた参観者は老幼男女が引きりなしに列をなして出品家畜を熱心に見て廻って居られたが,その殆んどが下駄や短靴を手に持って跣足で泥の中を行進して不平もなく黙々と見て行かれるのには自ら頭が下った。岡山県で会場を引受けた時はこの様な参観者が何人あるか知らんと考えるとふと寂しい気持ちがした。

◎各県和牛の宣伝は相当なものであった。なるほど全国から和牛の関係者が集り,特に登録研究会も開催されたので自県の和牛を宣伝するにはもって来いの機会である。岡山県もこの点ではたしかに一異彩を放っていた。時事通信のフォトサービスとグリーンの表紙の“岡山牛”は会場の人気を一手に引受けた感じであった。世は将に宣伝時代である。畜産の世界も浮気世の波に圧えられないように一歩先を歩みたいものである。

◎共進会期中の呼物に各県選出者によって行われる芸能コンクールがあった。岡山県も勿論これに参加することになり,よりより準備していたが,その1つに課長を筆頭に畜産課総動員の合唱があった。倉吉へ集った課員は毎夜U技師のヴァイオリンに合せて,K技師のタクトで猛練習を行い,此処でも優勝を目指していたのであった。おしくも事故発生で発表は遠慮したが宿には晴れの舞台を待つ“赤い帽子”が残されていた。

◎褒賞授与式の時の岡山県は全く晴れ晴れとした気持ちであった。会場左手の最前列に陣取った惣津課長の前へ次々と運ばれて来る農林大臣賞の優勝カップ,課員が総出動で受賞者の手伝いをする。他県の受賞者が賞状,賞品の置場に困っているのを尻目に,3つのカップを課長の机の上にデンと並べてホットした喜びの顔!!顔!!顔!!某県の人曰「まるで岡山県の会場のような感じがした」と他は推して知るべし。
 皆様御苦労様でした。

◎「立つ鳥跡を濁さず」とか,出品牛の発送は30日の午後であったが県の輸送係は万全の手配をして待機していたので,発送も順調に行われて出品者の方にも迷惑を掛けずに済んだことは何よりであった。雨の中を一同で見送り,ホッと一息入れた時には今迄の疲れが急に一時に出て来た思いであった。それにしても最後迄万全をつくして働いてくれた関係者の方々に心からお礼を言いたい。優秀な成績も決して偶然ではない。